十三、『父親』との対面②
突然だった。警報は止まないのに、あらゆる数値が急激に下がり、ついにはゼロを表示する。
何が起きたのか、頭が理解することをしばし拒んだ。画面が伝える無情な赤い文字はすべて、口を揃えて一つの事実を告げている――心肺停止、その他あらゆるバイタルサインの消失……すなわち、娘の死を。
『そんな……つぐみ……? つぐみ、おおいッ、返事をしてくれ! つぐ――』
ザラザラという雑音しか伝えなくなった通信機にすがりついて叫ぶと、何者かが答えた。
『……うふふ。あはははは……。――さよなら、パパ』
今にして思えば、それはつぐみではなかったろう。
もはや呼びかけても返事はなく、――直後に起きた爆発で、尉次の意識は途切れた。
目覚めると自社系列の病院の特別室にいた。
気を失っていた間の始末はすべて磯彦がしたらしい。彼とその部下には尉次ほどの科学的な知識がないので、事実の解明ではなく証拠隠滅に重きが置かれていたが。
傍の川まで瓦礫が飛び散っていたと聞き、その中に紛れたのだろうと思って何度も川床を浚ったが、つぐみの遺体は出てこなかった。
まさか数十キロも先の下流の納琴市に流れ着いていようとは。
それだけの距離を流されてもなお無傷だったというのも興味深い。推測するに、大量の残留奏が鎧のような効果をもたらしたのだろう。
「まあそういうわけで、私は君とつぐみを別人として扱う。あの子は死んでしまった。生き返ったことにすれば、私の罪は軽くなるかもしれないが、それは科学的とは言い難いからね」
「……ボクには叔父さんが罪の意識を感じてるように見えないんですが」
「ふふ。人は見た目で判断できない、っていうのは、ワカシも同じくらい実感してるんじゃないかい?」
いつかの火事以来かなり特徴的な外見になってしまった甥は、さすがに言い返せなくて肩を竦めている。彼も本来は母親似の整った容姿をしていたのだが。
顔の火傷は不可抗力だからともかく、派手な髪にピアスというわかりやすく不良めいた出で立ちは、父親への牽制もあるのだろう。ずいぶん長い反抗期だ。
一方、長々とこちらの話を聞いていた少女は黙りこくっている。チャット画面にも何も表示されていない。
十年経って成長した身体は、亡母の面影を六歳の時分よりも強く映しているようだった。
それほど父親には似なかったらしい。……むろん自分ではなく兄のことだ。
「さて、時間が押してきたから本題に入ろう。清川蛍さん……名前で呼んでもいいかな。つぐみとは別人だとしても、作ったからには私が親のようなものだし」
[あー、ええと、はい、どうぞ]
「ははは、けっこう嫌そうだな。素直でいいね。……蛍さん、うちに来てくれない?」
そこでワカシが「ああッ」と苛立った声を上げた。
「絶対そう言うと思ってました!」
「こら、ワカシは黙っててよ」
「嫌です。というかボクはこのために同席したんです。
今の清川さんは法律上は人間で、しかも未成年で、葬憶隊の保護下にあります。叔父さんの発明品じゃない。照廈の名前でごり押しして無理に連れていくような真似はボクが許しません」
「はは、そういうのが得意なのは兄さんだよ。まあ私もやらないわけじゃないけど。でもまあ、一応は蛍さんの意思を尊重する気もちゃんとあるから、落ち着いて」
少女に向き直り、改めて説明した。
反音念は今なお世界で唯一の存在だ。他にも試みた科学者がいないわけではなかろうが、少なくとも成功例は公表されていない。
尉次には開発責任者としての義務がある。
つまり今の蛍の性能を、潜在能力も含めて徹底的に調べねばならない。仔細を把握し、あるいは訓練によって高め、完全に制御する。
そして一応は娘の身体であるから、彼女を社会的にも受け入れる考えはある。もちろん結論は蛍次第だが。
今の戸籍のままで養女になるか、生きていたことにして『成長したつぐみ』として『帰って』くるかは、蛍自身が選ぶことができる。
「葬憶隊に在籍したままでも構わないよ。というか、そのほうが実戦のサンプルを採りやすいから私としても助かる。ちなみに、一つだけ警告しておくと、葬憶隊の技術力では間違いなく君を持て余すだろう」
[……。あの]
「うん?」
[私、強くなれますか]
「もちろん。むしろ今はまだ力の半分も使えていないと思っていい。使い方を知らない、と言うべきかな」
少女は俯いて、それからゆっくり顔を上げる。
……その表情は、正直ぞっとしてしまうくらい、父親のそれとよく似ていた。
――欲しいものは必ず手に入れる。そのためなら手段さえ択ばない、我欲に滾る照廈家の血。
[ハナビを倒せますか]
「……ああ。保証するよ」
[わかりました。……少し考えさせてください]
尉次と同じくらいワカシも驚いたのか、甥は何も言わずにこちらを眺めていた。
*♪*
尉次が帰ったあと、ワカシは思わず蛍に尋ねた。本当にいいのか、と。
はっきり受諾したわけではなかったが、叔父の提案を拒む気配が感じられなかっただけでも、ワカシにとっては衝撃だった。
蛍は頷く。そして端末を操作する。
『ハナビを倒したいんです、自分で』
「……どうして? 特務隊に任せたほうが安全だよ」
『それじゃ意味がない』
意図が汲めない青年に、少女は続けてこう返した。
『時雨ちゃんに安心してもらいたいから。私と一緒なら安全だって』
……奇妙な話だが。
端末の画面に表示された無機質な電子文字が、なぜだかその瞬間は、物凄まじい叫び声のように感じられた。思わず息を呑み、蛍の顔を見つめ直す。
ヴァイオリンの弦のような、張り詰めた白い面の下方で、小さなくちびるが震えていた。
それを見て気づく――ああ。彼女はきっと、本当はずっと叫んでいたのだ。
時雨の名前を聞いて脳裏に浮かぶのは、いくらか過剰なくらい仲睦まじい二人の姿。けれど最近は互いに距離を置いていると鳴虎から聞いていた。
あの少年が世界と彼女の接点だったなら、それを失った蛍には行き場がない。時雨を取り戻すほかに沈黙の檻を破る手段がない。
きっと、そういうことだろう。
(なら……ボクには止められない)
残念ながら、ワカシにはその気持ちが痛いほどわかる。わかってしまう。
同じ叫びが胸の裡にこだましているから。
――ただ一緒にいたいだけだよ。
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