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八、特務隊の仕事

 増援要請を受け取った終波(ついなみ)タケは唖然とした。

 元教官として大瀬千尋の実力はよく知っているし、ワカシも班長の座に留まらせておくべき男だとは思っていない。二人とも超級音念(ローカス)をも下せる五ツ星、その彼らを苦戦させている敵が、たかだか上級音念(ボイスタラス)一体だというのは何事だ?

 困ったことに、連絡を寄越してきたのはまだ新人上がりの干野(ほしの)狐晴(コハル)。経験の少ない彼女を問い質したところで充分な情報は得られまい。


 ――どんどん増えるんです、と繰り返していた。狼狽しきったその声をどこまで信じていいものか。


「……やむを得ん」



 斯くして数分後。物々しい配備によって封鎖された現場に、二台の葬憶隊車が到着した。

 うち一つから降りてきたのは科学部の技術チーム。それぞれ手には新種の音念を解析するための各種機材を抱えている。

 そしてもう一台からは、暗色の制服を着た女が三人、降り立った。


 一人は短めのジャケットから翻る白い胴衣(ウエストコート)。萩森班の長、鳴虎。

 隣は梅鼠色のロングヘアと、蛇腹(プリーツ)の細かなロングスカートを風に躍らせている長身の麗人、特務隊員の沼主ナギサ。そして、最後の一人は。


「――総隊長!?」


 包囲網の傍でおろおろと待機していた干野は、増援の到着に気づいて安堵の色を浮かべたあと、その面子を見て驚愕するなどして忙しい。一方、彼女の姿を見た三人も訝しげな表情を浮かべた。


「ちょっと干野ちゃん一人? ……新人は?」

「あ、あの、ショーちゃ……半裂(はんざき)くんは、この中です」

「なぜ? 彼はまだ星無しでは」

「そうなんですけど勝手に入っちゃって……ワタシも追いかけたら、外に出て応援を呼べと照廈(てるいえ)班長が……それで、ここでずっと待ってるんですけど、あの子まだ……っ」


 声を震わせ、半泣きになっている干野コハルの肩を、鳴虎が宥めるようにぽんぽん叩く。

「大丈夫。あいつ、あんなんでも仕事はできるから」というのは照廈ワカシへの評だろう。

「千尋もいるしね」


 終波タケは隣のナギサを見上げて、フッと息を吐いた。


「随分な聞かん坊をあれに押し付けたようだね」

「良い勉強になったと思いますよ。……それより先生、本当に出動さ(でら)れるんですか」

「頭数が足りないのだから仕方がない。それと、ここでは先生はやめなさい」

「失礼しました、隊長」


 風が吹き込み、タケの肩のまわりで墨色のストールがはためく。ただの装飾か防寒具にすぎないそれは、戦うのには邪魔ではないかと思えるが、彼女がそれを脱ぐ気配はない。

 女傑は落ち着いた足取りで、消防団が開いた入り口へ向かった。鳴虎たちと技術チームがうしろに続く。

 全員が中へ入ると消音壁が動かされて再び包囲が閉じられた。


 防音壁の外に取り残されたコハルは、溢れそうな不安を封じ込めるように、両手をぎゅっと握り合わせる。

 人が祈るときこうするのは、きっとそれが一番自然な動きだからなのだろう。


「……お願い……」




 *♪*




 いつものように鈴の音でノックに応える。少し食い気味に開いた扉の先に立っていたのは、意外なことに時雨だった。

 蛍は驚きで祓念刀を取りこぼしそうになってしまい、ちょっとわたわたしたものだから、彼も思わずといった風情で相好を崩す。

 ……それを見て泣きそうになってしまう。久しぶりだ、時雨のそんな顔。


 まだ身体が痛むのだろう。松葉杖こそ突いていないが、いくらか不安定な動きで寄ってきた彼に、蛍も寝台を飛び降りて駆け寄る。


「っと、だいじょぶだって。落ち着け?」

「……!」

「いやどっちかっつーとおまえのが転びそうだったじゃん今。……全然来れなくてゴメン。ちっとリハビリしてたんだわ、これでもさ。あーでも座らせて」


 まるで以前のような饒舌に、胸がびりびり痛んだ。ひとまずベッドの上に二人で並んで座りながら、じっと彼の横顔を眺めて、確信を深くする。

 ――時雨ちゃん、無理してる。

 どうして誤魔化せると思うのだろうか。十年間ずっと見つめ続けてきた笑顔とは似ても似つかないぎこちなさを、蛍が見逃したりするはずがないのに。


 真意が読めなくて苦しい。それでも傍にいてくれるだけでほっとしてしまう自分がいる。

 ここ数日、どうしたらハナビを殺せるかずっと考えていて、その答えが出るまでは時雨に会わないと決めていた。だから今、水を得た魚のように救われた想いがしてしまう。


「さっき聞いたんだけどさ、()()()()()久々に出てるらしいぜ」

「……」

「なー。なんかさぁ新種の音念じゃねって話で、技術チームも一緒らしいからさ、動画くらい録っててほしいわ。……マジで今一番見たいよ、強い人の動きとか技とか……。ところでおまえもさっきなんかやってたけど、あれ何? 新手の修行?」


 返事に詰まる。それを不思議そうに見つめ返す時雨は、蛍の『声』のことを知っているのだろうか。

 ……いや、もし匡辰か鳴虎に聞いていたら、真っ先に言及するはずだ。何も言わないということは、恐らくまだ伝わっていない。


 知られていない。

 蛍が本当は、人間じゃなかったこと。


 急に怖くなって二の句が継げない。時雨に隠しごとなんてしたくないけれど、こんな秘密を打ち明けて、どんな反応をされるのかちっとも予想できない。

 もし、拒まれたら。怖がられたら。

 ……これから蛍は、誰のために強くなろうとすればいい。


「蛍?」


 こんなにも胸が痛むのに。


『……、なんでもない。ふつねんとう、みてただけ』

「なんだ。……じゃあ、こっからはちょい真面目な話な。オレずっと考えてたんだけどさ、つまり、……ハナビの、こと」

『うん……』

「特務が狩るっつってるけど、ぜんぜん手がかりとか掴めてないらしい。んでさ、オレらが復帰したら、絶対また襲ってくる。……あいつの目的、おまえなんだろ」

『うん。……そう、みたい』


 息苦しくて、相槌を討つのだけで苦労した。何も知らない時雨には、きっと蛍がハナビを恐れて縮こまっているように見えるのだろう、どこか慈しむような視線を感じる。

 違うのに。……蛍にとって一番、怖いのは。


「だからさオレ……蛍は葬憶隊、辞めたほうがいいと思う」



 →

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