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七、かくて問わるる責任論

 四人は一も二もなく現場に急行した。振動の具合から、どこで事態(こと)が起きているかは通報を待つまでもなくわかる。

 さほど高さのない雑居ビル同士の狭間に、塗装の剥げたブランコが一つあるだけの小さな公園があった。その中心に黒い影が立っている――音念だけが。


 発声源(ソース)らしき人物の姿はない。こういう場合は、放置されていた音念が段階的に成長して巨大化したケースが考えられるが、今の騒念に支配された納琴(なごと)市の環境ではいささか不自然だ。

 ほとんど共喰いができないのに、この大きさに至るまで発見されなかったのか?


「まァ考えてもしゃあないな。要救助者なし、特務(ウチ)の出番や」

「判断基準そこじゃないです……まいっか。コハルちゃんショータくん、一応周り見て、巻き込まれそうな人とかいたら避難させて。でもって野次馬さんも近づいてこないようにね~」

「了解! ほら、行くよ」


 正直ここのところずっと暇していたショータはすでに鯉口を切りかけていたが、これは彼の出る幕ではない。恐鳴(スペクター)値は離れた地点からでも千の位に到達している、つまり上級音念(ボイスタラス)である。

 むろん特務隊がいれば一瞬で終わる規模だ。それもたったの一体で、大したことはない。


 ――そのはずだった。


「うおッ……なんやコイツ?」


 ようすが変わったのは千尋のそんな声が聞こえたから。思わず振り向いた総数六つの瞳に、ありえない光景が映り込む。

 影が一つ、二つ、三つ。……増えた。いや、その後ろから生え出るようにまた一つ。

 分裂、しているように見える。


 後から出てきたものは小さい。けれど空気を吹き込まれた風船のように、たちどころにその体積を倍増させていく。

 それもただ膨らんだだけなら薄黒い身体がどんどん透けて薄くなるはずが、元のぬっとりとした漆黒を保ったまま。

 育っているのだ。周囲に喰らうべき音などないのに。


「……二人はさっきの指示どおり続けて、この中には入らないように!」


 そう言い置いてワカシも公園内に飛び込んだ。よくわからないが、班長として事態を正確に把握せねばならない。

 すでに音念の群れに隠されて千尋の姿が見えないほどで、さすがに放っておけなかった。


「ちーパイセン! だいじょ……」

「アホ、大きい声出すなや。なんやコイツら増えよるで」


 言いながら千尋は特務らしい冷静さで音念を消し去る。つまり彼女の攻撃は問題なく通っているのだが、一匹斬る間に二匹増えるようなありさまで、駆除が追いつかないようだ。

 過去にそんな音念の例はない。見た目は単なる停滞型と変わらないが、新種かもしれない。


 居合わせたのが自分で良かったと思いながら、ワカシもサングラスを外した。ひとまず手数で圧すしか対処法はなさそうだからだ。

 斬った感触も大したことはなく、いつかの試験の超級音念(ローカス)に比べたら、それこそ紙のように軽かった。やはり形質的な部分は停滞型と変わらず、ただ分裂する特性があるだけらしい。

 それに攻撃性もさほど高くはないようだ。増えること以外に興味がないのか。


「ッ……」


 けれども。五ツ星が二人になり、祓念刀を三本に増やしてもなお、敵は一向に減るようすがなかった。


 相手は肉体を持たない人ならざる者。疲弊しないのはもとより、増殖自体にも制限がないのか、工業機械のごとく一定の速度と大きさを保って、果てしなく自己複製を続けている。

 少しでもエサを与えまいと沈黙を守っても焼け石に水。はなから(しょくじ)など要らないとでも言うかように、そいつは無数の分身を吐き出した。


(どうなってる……?)


 こちらは五分もすれば息が上がり始める。ただでさえ速い増殖スピードに負けずに斬り続けなければならないのだ、気力も体力も凄まじい勢いで消耗している。

 音念たちの発する音の反響でわかりにくいが、そろそろ消防団が周囲を包囲し始める頃だろう、ついでに増援を頼んでもらわないとまずいかもしれない。といっても椿吹班はまだ休んでいる時間帯だし、萩森班も動ける状態にはないが。


「――あの、班長(リーダー)、大丈夫ですか? 状況は……あっショーちゃん、ちょっと待って!」


 喧騒の間から、なんだか嫌な声が聞こえた。


 闇の中に飛び込んでくる二つの人影。うち一人はすでに祓念刀を振りかぶっている。

 構えがナギサのそれによく似ているので、一目でショータとわかった。ただ実戦経験の少なさが脇の甘さに表れている。


「なんッで入ってくんねん……! おいワカシ、部下の躾くらいちゃんとせェよ!」

「……ボクも今そう思ったとこです」


 どうやら今日まで、少し優しくしすぎてしまった。


 コハル一人なら、彼女はもともと突飛な行動を取らない性格なので、なんとかなっていただけ。

 ショータはそうではない。だから今こうなった。

 まだ彼らは自己判断で対処できるだけの実力も経験もない。勝手な行動は取り返しのつかない結果を招いてしまうと、教えなくてはいけなかったのだ。


 ワカシは溜息を置き去りに踏み込み、――ショータの背後に迫っていた暗雲を斬り払った。

 風圧に気づいた少年の細い肩がびくりと跳ねる。いや、ワカシと視線がかちあったせいだろうか。


「――干野(ほしの)さん、離脱して支部に増援要請してください」

「あ、……は、はい」


 敢えて指示はそちらに出す。なぜなら言うことを聞けない子には頼めないから。


半裂(はんざき)くんは手を動かしなさい。死にたくなければ、敵を斬り続けるしかない」

「っ……」

「いや、少し訂正します。

 言いましたよね、キミたちのことは班長としてボクが護る、と。だからキミがどれだけ()()()()になろうと、ボクは責務を全うします。――が」


 言いながら斬る。竦んで動けなくなっているショータの周りで、彼を飲み込もうとしている音念たちを。

 どうやらこの音念はそれほど単純ではない。斬られれば減った分を補填するために増えることに注力するが、敵対者の攻撃力が低いと判断した場合は、異物の排除に天秤を傾ける。

 その程度の状況判断能力はあるらしいと、ショータに対する反応から察せられた。


「キミの命令違反は、いずれ誰かの犠牲を招きます。班長としてそれを許すわけにはいかない」



 →

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