表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/113

六、コハルちゃんメモリーズ

「……しっかし、こんだけ見回ってもな~んもおらんとはな。ホンマにおんのか騒念(クラマー)のヤツ」

「むしろ証左では? 彼らが食べちゃうせいでしょ、低級音念(ノイズ)が少ないの」

「んなこたわかっとるわ。その食った痕すら見当たらんのは妙や言うてんねん」


 掃除したてのようにきれいな街。それだけ見れば喜ばしい光景かもしれないが、実態を知る者たちの声音は険しい。

 ぶっちゃけコハルにとってはどうでもいい話だ。葬憶隊(ミューター)の端くれとして関心がないわけではないが、一ツ星の自分には関わりようがないし、実際にそのバケモノを見てもいないから脅威に対する実感が湧かない。

 唯一悩ましいのは家に帰ったとき、両親には報告できない内容であることくらいで。


 コハルの親はごくごく普通のサラリーマンとパートタイマーの主婦。音念被害が少ない地域に暮らしているから危機感が薄く、娘が葬憶隊に入りたいと言い出したときも、最初はアルバイト感覚で受け止めていた。

 まあ実情をしっかり理解していたらきっと入隊を許してくれなかったので、そこは助かった部分でもあるのだけれど。今だって職務の危険度は正確に把握しておらず――なぜならコハルが意図してその話を避けているので――、あまり学校に行けず学業が滞る点や、友だちと疎遠になりやすいことを心配しているくらいだから。


 ……そういえば、とコハルは隣の少年を見た。

 世間にはまだ騒念の存在が知られていないとはいえ、元より葬憶隊は不人気でお馴染みだし、ショータはまだ中学生。よく許されたものである。


 コハルはどうしても葬憶隊に入りたい理由があったから、頑張って説得した。男の子だと親の反応も違ったりするんだろうか。

 それとも実は何か深い事情があったりするとか?


「ね、ショーちゃん、どうして葬憶隊に入ったの? ……。えいッ」


 安定の無視だったので首根っこをひっ掴む。最近この子の扱いに慣れてきた気もする。


「っと、暴力に訴えんのやめてください。……つかあんたには関係ないし」

「いいじゃない、教えてよ。あ、一方的に聞くのも失礼だから、まずワタシから話すね?」

「別に聞きたくないんだけど」

「あれはそう、遡ること二年前……」

「シカトかよ」


 やったらやりかえされるのが世の常よと内心ほくそ笑みつつ、コハルは語った。



 ――そう、厳密には二年と数カ月前のあの日、コハルは友人たちと繁華街を歩いていた。

 遊んでいたわけではない。当時は受験生で、そこは塾からの帰り道だった。

 世間は音念だなんだで荒れているのに、自分たちは勉強ばかりの日々。そのストレスを発散すべく、たまに寄り道や買い食いくらいはしたが、それだって限度は弁えていたつもりだ。


 けれど、今思えばあれは罰だったのかもしれない。


 その日も少し遅くなり、友人とともに駆け込んだ地下鉄の入り口で、酔っ払った老人が周囲に絡んでいた。

 嫌だなと思いながら急いで通り抜けようとした直後だ。その人か、あるいは絡まれていた人かもしれないが、とにかく誰かが音念を噴き出したのは。


 黒い霊体が広がると同時にあたりが激しく揺れた。照明が壊れたのか、一瞬で視界は闇に閉ざされ、パニックに陥った人々が揉み合いになった。

 音念の怒号に無数の悲鳴が重なった阿鼻叫喚の地獄。後の報道によれば二十人以上が巻き込まれ、辛うじて死者こそ出なかったものの、数名は意識不明の重体だったという。

 コハルは運良く軽傷で済んだが、誰かの下敷きになって身動きが取れなかった。


 真っ暗闇で何も見えない。手探りで友人を探したけれど、返事があったって、人とも怪物ともしれない罵声にかき消されて聞こえもしない。

 断続的に襲ってくる音念の振動が、休む暇もなく不安と恐怖を駆り立てる――。


 もはや自分も助からないかもしれない、と絶望したとき、闇の中に一筋の光が差した。葬憶隊が到着したのだ。

 音念は斬り伏せられてあっという間に消滅し、瓦礫が取り除かれていく。そうして、


『立てますか?』


 竦んで動けずにいたコハルに手を差し伸べてくれたのが、誰あろう椿吹(つばき)匡辰(まさとき)班長その人だったのです。

 ああ、今もはっきり思い出せる。引き上げてくれる手の力強さ、眼鏡の奥で輝く理知的な瞳の輝き、淡々として怜悧で静かな声……。


 彼のことがどうしても忘れられなくて、葬憶隊に入ろうと決意した。

 危険を承知で実働部隊を選んだのは、まずは部下になりたかったから。助けてもらった恩返しの意味も込めて、一番近くで彼を支えて、なくてはならない存在になりたい。

 そしてゆくゆくは公私ともにパートナーに……ふふ、うふふふ……えへへへへ……♡



「――って思ってたのにあのオバ……おほんッ、まぁそれはいいの。とにかくっ、ロマンチックでドラマチックな理由でしょ! ね? こんなのもう運命♡感じちゃうでしょ~!?」

「……ウッザ……つかバカ班長(リーダー)と同類じゃん」

「なんですって?」


 小声で聞き捨てならないことを言われたのでキッとショータを睨む。なんならちょっと聞こえていたらしいワカシまで「ん~?」と怪訝そうな顔で振り向いていた。

 彼が不機嫌なのはちょっと珍しい。言動はちゃらんぽらんだし外見も反社会的(ヤンキー)だが、なんやかんや温厚な人で、怒ったところなんてこれまで一度も見たことがないくらいだ。


 何にせよこの人と同類扱いはいただけない。コハルは公衆の面前で口説くような下品な真似などいたしませんし、できません。

 ……そこがある意味ちょっと問題でもある。本人を前にするとどうしても緊張してしまって、上手くアタックできていないので、もはや好意に気づいてもらえているかどうかも怪しい。

 それに当初は萩森班長とお付き合いされていたから、ご迷惑になってはいけない、とアピールを控えていたのだ。今はもうそんな遠慮も要らないけれど、なかなか……。


「とにかく、はい、次はショーちゃんの番!」

「いや理由とかないし」

「も~、そんなわけないでしょ。軽い気持ちでやれるほど簡単な仕事じゃないんですからねっ」

「どーだか。……今日だって何も起きな――……ッ」


 ショータがそう言いかけたとき。まるで図ったように、地面がズンと揺れた。



 →

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ