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四、丹(あか)き兄妹

 鳴虎たちが去ってからしばらくして、再び病室の扉が叩かれた。誰だろうと思いながら、蛍は返事の代わりに手許の鈴を鳴らす。

 チリリン……という涼やかな、今の季節には少し寒々しい音が響いた。

 これは蛍の病室における既定の合図なのだが、ノックの主はすぐには扉を開けなかったので、おや? と思う。時雨や鳴虎や匡辰、あるいは医療チームの人たちなら知っているはずだから、訪問者はそれ以外の誰か。


 こういう時に限って近づいてくるときの足音をよく聞いていなかった。

 かすかに祓念刀が揺れる音が混じっていたから、実働部隊の誰かだとは思う。それも体重からすると男性で、怪我人特有の重心のブレがなかったから、エッサイくんは除外。


 などとあれこれ推理していたが、やがてスライドドアの向こうからそろりと顔を覗かせたのは、くすんだ金髪にサングラスの不審人物だった。ああいや、つまり照廈(てるいえ)班長。

 ……なぜ? ぜんぜん親しくもない他班の人で、普通なら間に鳴虎を通しそうなものなのに、見たところ彼一人だ。

 何しろ人相が独特なので、正直ちょっとだけ怖い。


「こんにちは。……あーゴメンね、急に。先にアポとっとくべきでしたね」

「……?」

「えっと、今から少しだけ時間をください。キミとちょっと個人的な話がしたいんです」


 意外と腰が低かった。実際この人は見た目ほどオラついてはいないらしい、というのは普段の面白おかしい言動から察していたところだが、それともちょっと違う感じだ。礼儀正しいというか。

 でもやはり『個人的な話』をする仲ではないはずなので、蛍はたぶん訝しげな表情をしているのだろう。照廈班長は苦笑いしながら壁際のパイプ椅子を取った。


 ほんの少しベッドから遠いところにそれを置いて、腰を下ろす。腰の両脇に提げた祓念刀がそれぞれ床に触れてカチャカチャ鳴った。

 二刀流ってどんな感じなのかな、とふと思う。班が違うから戦う姿を見たことはない。

 見た目に反し、照廈班長の座り姿は姿勢が良かった。


「ボクの苗字、ヘンでしょ」

『祓念刀を作ってる会社だって聞きました』

「あ、そう。……そっか、知ってるんだ……そのテルイエ技研で一番偉い人――ボクの叔父なんですが、キミとも関係があるんです。で、この話は萩森先輩も半分くらいしか知りません」

「……」

「簡単に言うと……ものすごくひどい話だから、大っぴらに言えないんです。だから全部を知ってるのは身内と、あとは総隊長さんと支部長さんだけ」


 どうやら穏やかな話ではないらしい。じわじわせり上がってきた緊張を噛み殺しながら、端末のメモアプリを一旦白紙に戻して、次の筆談に備える。

 そんな蛍をじっと見つめながら照廈班長……ワカシは続けた。


「……キミたち……つまり、キミと『ハナビ』は、叔父さんが作った」


 はっとして顔を上げる。サングラス越しに憂うような瞳が見えた。

 ワカシはなぜか、教会で懺悔する人のような侘しさを纏いながら、次の言葉を口にする。


 ――つぐみ、っていう名前を聞いたことがあるよね。


 その女の子はボクの従妹で、尉次(じょうじ)叔父さんの娘です。特異発叫者(ディープ・クライヤー)といって音念(ノイズ)を発声しやすい体質だった。

 それで……叔父さんは、自分の娘を実験に参加させていた。人工的に作る音念では再現できない複雑性を持った、本物の感情からなる高い恐鳴(スペクター)振動を得るために、わざと音念を出させたりもしたんです。

 ……もちろん違法だよ。たった六歳の女の子に、そんな危ないことをさせるなんて。


 叔父さんは娘が生み出す高度な音念を構造分析していた。それを反転させたモノを作るために。

 祓念刀と同じ理屈で恐鳴振動を打ち消すことができる。けれどそれは葬憶隊(ミューター)の戦闘を()たず、つまりは特別な武器や訓練した使い手を必要とせずに、音念の除去を自動的に行う。


 それが、キミを生みだした実験の基本理念(コンセプト)

 存在そのものが音念に敵対するモノ。音念の反存在――いわば〈反音念(アンチノイズ)〉。


 理論上、反音念の生成時には必ず同勢力の音念が生じる。それがハナビの原型で、つまり、ある意味ハナビは人為的に作られた音念だと言える。

 キミとハナビは対の存在だから、キミに知性を持たせた結果ハナビも知性を持った音念になった。キミを強くしようとすればするほどハナビも強いものになってしまった。


 ハナビが暴れたせいで研究所は崩壊して、叔父さん自身も巻き込まれたから、事態のすべてを即座に把握できたわけではなかったらしい。数週間も経った現場の痕跡から推測するしかなくて、確かなのはそこに誰も何も残っていなかったってことだけ。

 だから叔父さんはハナビがキミと相打ちになって、対消滅したものと思っていた。つぐみちゃんはそれに巻き込まれて、遺体さえ残らなかった、とね。

 でも実際にはハナビは生き延びていたし、キミもこうして存在する。


 ……気づいたかい?

 叔父さん曰く、キミは本来なら生身の肉体を持たない。音念と同じく霊体(プラズマ)で出来ているはずだから。

 けれどキミは人間の身体を持っている。この十年間、普通の女の子として生活し、身体的にも成長している。


「だからその……ごめんね。実は看護士さんに頼んで、キミの毛髪を採取したんだ。それで勝手ながら照廈家の人間とDNAを照合させてもらった。

 ……結論としては、キミのその身体は、元はつぐみちゃんだ」


 蛍はぽかんとしてワカシを見た。

 最初からずっと、何を言っているのかわからないが、それが一番聞き捨てならない。


 照廈つぐみ。死んだはずの女の子。でも、蛍は生きている。


「理屈はボクにもわからない。ただ、つぐみちゃんを殺したことはハナビ自身が認めている。それが正しいと仮定すると、そのあとで遺体とキミが融合して、身体的には蘇生したことになるのかなあ……」

「……?」

「ホントごめんね、急にこんなワケのわからない話。しかもその……今までの話は前フリというか、ここからが本題なんだよ。

 ――叔父さんがキミに会いたがってるんです」



 →

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