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三、よどみに浮かぶうたかた

 会議が終了するなり、鳴虎は真っ先に千尋に駆け寄った。何を隠そう彼女とは道場時代からの同期にして親友なのだ。


 納琴(なごと)市は県の西端に位置している。

 千尋は隣県の出身で、それゆえ言葉には西方の訛りがあるのだ。なお彼女の実家は県境に近く、納琴の道場のほうが自県内のそれより通いやすかったので、あえて越境していたのだそう。


 どのみち中部支部の管轄は東西北隣を含む四県に及ぶ。さすがに他県の端となると駆けつけるのに遠すぎるが、よほどの重大案件でない限りは『地域分所』という各市町村に設置されたより小規模の組織で処理される。

 そもそも支部の実働部隊通常班に正規隊員がたったの八人しかいない時点で、四県の全域を守護するのは無理がある。音念の性質上、人口密度の低い場所では発生・増大化しづらいので、基本的には都市部を拠点とすればなんとかカバーしきれている体だ。


 ともかく千尋とは長い付き合いになる。数年前、関西支部からの派遣要請に彼女が迷わず立候補したときは寂しかったし、その後もずっと端末を通してやりとりは続けていた。

 ちなみにその昔、匡辰と付き合うきっかけを作ってくれた張本人でもある。……その恩はもうご破算だけれども。


「千尋! 帰ってくるなら教えてよ」

「急に決まったんよ。昨日の今日やで? んで、せっかくやし鳴虎(めーこ)驚かせたろ~思て」

「……あんた訛りひどくなってない?」

「毎日ドギツいコテコテ響都(きょうと)人とおんねやで、言葉くらいうつるて。それより……はぁ~、めーこは相変わらずちっちゃあて、かぁえぇなぁ~♡」


 さっきまで重い内容の会議をしていたことなど忘れたかのように、千尋は容赦なく鳴虎をハグした。ちなみにこれが彼女の通常運転である。

 さすがに鳴虎も「ちょ、ちょっと……ここ廊下だし、第一あたしらもうアラサーでしょうが」と引き気味だが、千尋はあまり聞いていないようすでスリスリはぐはぐナデナデしてくる。

 痛い……主に周囲からの視線が……!


 じつに五分近くもそうしていた気がするが、急にぴたりと千尋の動きが止まった。

 なおも離してはくれなかったが。


「うし、必須めーこ分摂取完了。そーいや椿吹(つばき)は?」

「あたしはアミノ酸か! ……あいつなら帰ったわよ、そもそも夜勤明けだしね」

「ほーん。……まあええか。そんじゃ、子どもらの見舞いにでも行こ」


 と、いうわけで。


 数分後、鳴虎と千尋は時雨たちの病室を訪れていた。ちなみに千尋が中部支部にいたのはかれこれ五年ほど前になるが、エッサイは当時すでに隊員だったし、時雨は保護されていた時期からの知り合いである。

 よってそれぞれの第一声は「お久しぶりです」やら「あ、チー姉……」やらであった。


「ジブン相変わらず頭つるッつるしとんなぁ! 具合どうなん?」

「はは……もう痛みはほとんどないです。そろそろ退院できるんじゃないかと。復帰はもうちょっとかかるそうですけど」

「まぁ無理して骨ェ変なくっつき方したらワヤやしな。仇は取ったるから安生しい。……で」


 時雨のほうをじろりと見やり、千尋は訝しげに目を細める。もちろん彼が普段かなりお喋りなことは彼女も知るところである。


「……しぐ坊はえらい大人しゅうなったな」

「あ、今だけよ。ちょっといろいろあって――」

「めー姉」


 憮然とした声が鳴虎を遮り、


「……そんぐらい自分で言うからいいって。それよか、なんでチー姉いんの。帰ってきたんか?」

「おん、期間限定でなー。居んのやろ? 騒念(クラマー)

「……、そか。特務だもんな。……てことは強ぇんだよな」


 そのあと時雨は小声で少しぶつぶつ続けたが、鳴虎には聞き取れなかった。蛍がいればわかっただろうか。

 聞き返そうとした矢先、急に時雨がぱっと顔を上げる。


「――蛍、頼むわ」



 ……。


 なんとも言えない空気のまま、次は蛍の病室へ向かう。その道すがら千尋が足を止めた。

 何かと思えば「何があった?」……その問いが時雨を指していることは、鳴虎も言われなくてもわかっていた。


「……さっきのあれ。十六のガキがしていい眼ェとちゃうやろ」


 蛍に会う前に伝えておいたほうがいいだろう。会議への出席も途中からだったから、そこも踏まえて。

 ハナビの姿、時雨の傷、蛍の検査結果。

 鳴虎はなるべく冷静に事情を話した。もちろん時雨の両親の事件は千尋も知っているので、顔をしかめながら聞いていた。


「なるほどなぁ」

「検査以来、蛍も距離置いてるの。でも別に時雨を避けてるわけじゃなくて……」

「そら、ンなどえらい数値聞かされたら悩むのも無理ないわ」

「うん、でも……なんていうか、それともちょっと違うのよ。もっとこう、振り切れてるっていうか……」

「ん?」


 こればかりは説明しきれないなと判断し、病室の扉を開いた。

 蛍はベッドの上だが、寝ているのではない。掛け布団を畳んで端に避け、空いたシーツの上であぐらをかいて、自分の祓念刀をじっと見つめている――という妙な図である。


 鳴虎と千尋に気づいた彼女は、主に後者の存在に驚いたようで大きな瞳をぱちぱち瞬かせた。


「……!」

「おー蛍ちゃん、美人さんになってェ! やっぱ女の子は写真より実物やねぇ~。……で、ジブン何しとん?」

「……。……」

「あ、何?」


 あっけらかんとした聞き返しに、蛍はさっと端末を取り出す。

 メモアプリに入力された内容は『祓念刀の検知機能で声の周波数を測ってた。自分の耳で聞こえないから、これ見ながら身体の感覚で調節できるようにしようと思って』。

 千尋がぽかんとしているのを見て、蛍は鳴虎の袖を引く。『もしかして千尋ちゃん、私の声のことまだ聞いてなかった?』


「あ……ああいや、知っとるよ。そうやなくて、予想外やってん……」


 鳴虎も内心ひそかに頷く。自分も最初は思った、きっと蛍は自分の身体が抱える事実を受け止めきれず、困惑してしまうだろうと。

 けれど蛍はもうそんな大人たちの配慮など及ばないところにいる。彼女はすでに己の力を受け入れ、前に進み始めている――ように見える。


 正直嫌な既視感もあった。十年前に幼い時雨が見せた、張りぼての明るさを思い出さずにいられないのだ。

 いつか何かのきっかけで剥がれ落ちてしまう、脆い皮で弱音を隠して、心の傷を覆い隠していただけ。今の蛍が同じでないという確証はない。


 あるいは、その不安と同じくらいに。

 もし蛍が本気なら。自分たちを置き去りにして、一人でどこか手の届かない場所まで行ってしまいそうで、……怖かった。



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