十六、行き場があれば
巡回時間はかなり短い。ショータが最長でも午後四時までしか勤務できないからである。
尤も、短時間とはいえ中学生を見習い隊員扱いすることは、今でも批判を受けることが少なくない。超少子化による労働力不足という前提があっても、十数年前の法改正当時も反対意見のほうが多数派だった。
そんな法案が強行可決された裏にも、どこぞの頭文字Tが一枚噛んでいたとかいないとか。
正直ワカシも賛成はしていない。肉体的にも精神的にもまだ子どもなのに、まともに学業や交友に勤しめないうえ命の危険もある仕事に就かせるなんて、誰が見たって人道的に正しくはないだろう。
とはいえ自分自身も実家を離れる手段に使ったので、大きな声では非難できない。
加えて戦友モモスケに言わせれば「中坊でも働かなけりゃならん家はある」。失業率は年々上がる一方で、貧富の差も拡大し続けている。
「じゃあショーちゃん、お疲れ様でした。ちゃんとまっすぐ帰りなさいね」
「うっさいな……」
案の定まともな挨拶はなくフイっと背を向けられた。小さな後ろ姿を苦笑で見送って、コハルに尋ねる。
「なんかあったの?」
「昨日、訓練室で勝手に居残ってたって、尾被さんに摘み出されてたんです。ちょうどワタシも帰るころだったから六時くらい」
「へぇ……てかコハち、それボクチン知らないのまずいから、夜のうちにチャットするかせめて朝イチで報告して?」
「あ、すいません」
普通に特殊学生労働法違反だよ。どうして誰も何も言わないの(モモスケはコハルが報告すると思ったのだろうけれども)……と刹那しおしおしたワカシだったが、ふと気づく。
「そいえば親御さんに挨拶してにゃいね。今度会いに行こっか」
「ああ、……そのときはもうちょっとマトモな恰好でお願いしますね?」
「マトモとは??」
「最低でも髪型はチョンマゲ以外で、可能なら落ち着いた色に染め直してください。サングラスとピアスもなし。それと言葉遣い――」
「……」
「そっと視線を逸らさないでくださいよ」
とりあえず巡回は椿吹班と交代し、コハルと二人で事務的な作業を済ませた。残った時間はトレーニングや訓練に充てる。
意外と普段は残業が少ない。代わりに夜中だろうが早朝だろうが、突発的に通報で呼び出されることはちょくちょくあるので、単に勤務時間が不定形なだけとも言える。
少し早めにコハルを帰したあと、ワカシは改めてショータの関連書類を見返した。気になるのは道場での訓練記録。
そこでもやはり『自主的に居残り練習をしている』という記載が何度もあった。それも明らかに担当者がナギサの日に限って。
遡ってみると、一度だけ五来が担当した日に『自主練習の申し出』の旨を見つけた。曰く――
『理由を聞いたら「強くなりたい」と答えたので、何のためかと重ねて尋ねたが、口ごもったあと「帰りたくない」との返答。気になったが両親には連絡がつかなかった』
……。
その日以降、五来には居残りの許可を取らなくなっている。
ナギサの担当日にだけ残るようになったのは、わざわざ理由を深く尋ねたりしなかったからだろう、と想像がついた。彼女はそういう人だから。
ワカシが少し考え込んでいると、――急に肩をぱすんと叩かれる。痛くはなかったが無駄にいい音がした。
振り向くと背後に立っていたのは、おのおの決して明るいとは言えない表情の鳴虎とナギサ。
「え、どうしました、お二人とも?」
「どうしたもこうしたもないわよ。行きましょ」
「へ? どこへ?」
「飲み」
……はい?
咄嗟にまず時計を見た。確かに所定の勤務時間は過ぎ、外は椿吹班が巡回中なので、仮に通報があっても彼らが優先的に出る形にはなる。
班長同士で食事に行くくらいなら問題はないが、アルコールを入れる気満々なのはちょっとどうなんだろう今の情勢で?
とはいえお姉様方の要請となると若輩者に拒否権はほぼないに等しい。
首根っこを掴んだナギサに「今はあなたたち二人ともガス抜きが必要でしょう」と囁かれて、何も言えなくなってしまい、そのまま再び某宅急便状態で拉致されたのだった。
*♪*
「……だがらぁ、あだし情けなぐでぇ……、時雨にも、蛍にもッ……合わぜる顔がぁ……」
「班長は大変ね」
「……。萩森先輩は特にそうでしょうねぇ」
数時間後、居酒屋にて。こちらは両手にボトルとグラスを握りながら泣きじゃくる鳴虎の図。
いわゆる『お馴染みの光景』というやつだ。
なおワカシはあまり酒に強くないので少ししか飲んでおらず、まだ素面に近い。ナギサはいわゆるザル……少なくとも酩酊する姿を見たことがない程度には。
「うぢの子だぢのごとなのにッ、……匡辰に助けてもらわなきゃ、なんないのが……もぉぉ……ッ」
「や、それは気にしなくていいんじゃないですか?」
「椿吹もあの子たちと付き合い長いんだし」
「ぞぉいう問題じゃないぃっ……、……あたしッ、あたしが、嫌なんだもん……~ッそれがヤなの、……ほんと情けないっ、子どもみたいぃ……ぅううッ」
酔っ払いの泣き言なので支離滅裂である。
「そもそもなんで別れたの」
「あっナギサさんそれ地雷――」
「うぁぁぁあ……! それがっわかんないからぁ、ずっと、モヤモヤしてっ、……あたし……何がダメなの、なんで……何も、言ってくれなッ……ぅぅううぅぅ~ッ」
禁句を不用意に投げてしまったので悪化した。もうこうなっては止められないし、ぶっ込んだ当人もフォローする気はなさそうだしで、ワカシは肩を竦める。
だからこの面子やだったんだけどなぁ……とほんのり思ったが口には出さない。
匡辰との関係はさておき、今の萩森班は荒れている。鳴虎には吐き出す時間が必要だし、これがナギサなりの気遣いであることも、理解はできるから。
騒念の件も含め、これから蛍は大変な事実に直面することになる。鳴虎や時雨にも少なからぬ影響があるだろう。
無情な現実と戦うために、それ以外の荷物はなるべく先に下ろしておいたほうがいい。
「――まーくんのバカぁ……」
「ッ……そんな呼び方してたの」
隣でナギサが珍しく噴き出している。ええ、だから椿吹先輩をイジるときの鉄板文句なんですよ、それ。
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