十四、怒りの子
苦い帰省を終え、ワカシは支部に戻って終波総隊長に報告した。叔父が語った過去の顛末と、それからやむを得ず、蛍を彼に引き合わせねばならなくなったことを。
かつて少女の保護者役を務めたこともあるタケは、重々しい表情でそれを聞いていた。
「……ご苦労。つらい役をさせたね」
「いえ、ボクも無関係じゃありませんから」
結果論ではなく。つぐみの名を聞いたときから、嫌な予感はあった。
そもそも従妹に一度も会ったことがないのは妙だ。叔父父娘も納琴市内ではなかったが県内に住んでいたし、一族での食事会やグループの会合など、顔を合わせる機会ならいくらでもあったのに。
もちろん彼女は重度の特異発叫者。よく知らない相手や、大勢が集まる場に連れて行くのはリスクが大きい。
父親の尉次自身も研究第一の変わり者で通っているから、多数の助手を抱えているにも関わらず、実験の区切りがつかないなどの理由でその手の集会をすっぽかすのはよくあった。
しかし、それだけではなかったのだ。……少なくともワカシの場合、その陰には母がいた。
たとえば祖父に年始の挨拶をしにいくときなど、叔父親子とは時間が重ならないよう指示していたのをはっきり聞いた。ワカシだけを何度か不自然に欠席させたこともある。
念のため当時を知る古株の使用人にも確かめたが、やはり記憶違いではなかった。
母自身がつぐみを嫌っていたというより、息子がなにかの拍子に事実を知って傷つくのを防ぎたかったのかもしれない。
実際、DNA鑑定の結果は想像どおりだったが、それでもやるせなさと憤りが滲んだ。
まだ心の何処かで父に対する期待を捨てきれていないのか、と思うのが一番情けない。もう何度裏切られているかわからないというのに。
親子関係の不義を暴露したのにはもう一つ理由がある。
叔父に事実を吐かせるのに、父も同席させたほうがいいからだ。あの二人は互いの弱み、つまり急所を擁護し合っているので、片方だけを詰めても反対側に逃げ道を残させることになりうる。
父も『弟がほぼすべてぶち撒けたから、自分はこの件を庇い立てする必要はなくなった』と判断したようだった。
「萩森には私から伝えておく。……あんたは巡回に出なさい」
「はい」
退室し、サングラスをかけ直すと、少しだけ気分が落ち着いた。
こういうときは役に立つ。少しくらい表情が歪んでいても、色の着いたレンズが隠してくれるから。
少し早足で廊下を通り抜け、向かった先は訓練場。
ドアを開ける前に深呼吸をひとつ。ここから先はもう少しうまく装う必要がある。
――複数の意味で。
「……よし」
気合を込めてノブをひねる。扉を開け放つと、ふわりと独特の臭気が抜けてゆき、あとから甲高い子どもたちの声が続いた。
「おー、やってるね~お二人さぁん」
「っ……と、班長、おかえりなさ……っキャァ!?」
律儀に挨拶をしてくれかけたコハルちゃんだったが、容赦なく飛んできた突撃を受けて盛大によろめいた。あ、と思う間もなく尻もちをつきかけた彼女を、誰かの手が抱き留める。
……ちなみにドア前にいたワカシはさすがに間に合いませんでしたので、王子様の役目を果たしたのは監督中のナギサでした。
器用なことに、もう片方の手で木刀を構え、悪い子――ショータくんの攻勢を押し留めている。
「受け身の取れない状況では追い討ち禁止。……大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございますっ」
「……余所見してんのが悪いだろ」
悪びれるどころか小声でボヤくショータに、こっちもこっちで思ったより難儀そうだ、とワカシは苦笑した。
ついさっき諸悪の根源兄弟を見てきたあとで良かった。この程度の悪態、今は仔犬がじゃれているくらいに思える。
萩森班が動けない現在、日中は照……もといチームレッドが街の治安維持に努めねばならないけれど、一ツ星と無星だけでは活動させられない。鳴虎自身は無傷とはいえ、今は班員たちの傍にいさせたほうがいいだろうし。
本部待機はつまらなかったのか、ショータくんは今日もご機嫌ななめだ。みんな大好きナギサ先生(ワカシ調べ)の指導を受けていたのに贅沢者め。
「さ、二人とも帽子被って。巡回行きますよ~」
「今から?」
「口ごたえしないの。それじゃ沼主先生、ありがとうございました。……ほらショーちゃんも」
「っとウザいな……。
ナギサ先生、ありがとうございました」
意外に礼儀正しいショータにちょっと驚いていると、コハルが小声で「先生のことは怖いみたいですよ」と耳打ちしてきた。……ほう?
何か弱みでも握ってるんだろうか。あとで聞こう。
ナギサのことは、敢えて見なかった。
とにかく、しばし頭を『照廈家の雀嗣』から『チームレッドのリーダー・ワカシ』に切り替えて、新人教育について考える。ひとまずの目標はショータを最短で一ツ星にして、ついでにコハルも二ツ星に昇進させること。
それには地道な実習が不可欠。前者はさっきの訓練のようすを見るに、実力は充分あるようだった。
もちろん班を組んで活動する以上もっとも重要なのは協調性だ。そもそも通常班の仕事は人命救助であり、音念駆除はその一部。
叔父も言うように年々件数は増加傾向にあり、内容も凶悪化しているのは事実だから、今後は戦闘任務のウェイトが高まるのかもしれない。それでも『人助け』がこの仕事の趣旨であることは変わらないはずだ。
ならば利己的な言動を許してはいけない。仲間にすら敬意を払えないで、街の口さがない人々と渡り合っていけるはずもない。
――尤も。
「……」
ワカシからの視線に気づいて、ショータは思い切り眼を逸らした。それを見ればわかってしまう。
どこかの誰かさんにそっくりだ、と。……だからナギサは彼の教育係にあえて自分を推薦したのだろう、とも。
この子は一体、何に腹を立てているんだろう。
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