十三、華麗なる炎天の一族②
磯彦と尉次は顔を見合わせた。性格は正反対に近いのに、こういうときの表情の作り方は兄弟でよく似ている。
軽薄な眼差しに反省や罪悪感の色はない。こちらの顔を、自分たちがしでかした現実すらろくに見ず、ただ体のいい言い訳を考える子どものような顔だ。
……見ていて反吐が出そうになる。
残念ながらこの二人は、照廈一族の中でも特別に悪辣というわけではない。
彼らの父、ワカシの祖父である駒吉はもちろん、そのほかの親族もはっきり言って大差がないのだ。この家の途方もない財と名声は、無辜の人々の涙で築き上げられてきた。
その血が自分の身体にも流れている。それが最も耐えがたい。
ワカシは歯を食いしばりながらも、父と叔父を見つめ続けた。せめて自分は不都合な世界から目を逸らしたくない。
テーブルの下で拳を開く。指を一本ずつ、昔習ったとおりに、今は不要な怒りを手放すために。
「……まぁ……事実だけ見たら、そういうことになるかな」
「おいジョージ」
「もう話したほうが早いだろ。どうせ認めるまで諦めないよ。ワカシ、そういうとこは兄さんによく似てるからね。
それにどのみち記録はされない」
叔父はさらりと言う。彼の視線の先にあるのは空調設備だが、恐らく超音波式の録音妨害装置が内蔵されているのだろう。
そんなことだろうとは思っていたが。身内と話すときですら、この人たちは保身を欠かさない。
たとえ証拠を取れなくても、今この男は自白した。それだけでも前進と見做して話を続ける。
「認めるんですね」
「あ、話す代わりに条件がある。この子をうちに連れてきてよ」
そう言って尉次が示したのはDNA鑑定の報告書。
「……なぜです?」
「だって、もともとうちのじゃないか。てっきりそっちも死んだと思ってたから正直言って嬉しい誤算だよ。兄さんも会いたいだろ?」
「私は別に……」
「というかそれはどうやって暮らしてる? 外見は?」
「……人を指示代名詞で呼ぶのは止めてください。あと、つぐみちゃんが双子だったなんてボクは聞いたことないんですが」
「ああ、違うとも。つぐみに姉妹はいない」
叔父は勝手に報告書をめくり、下にあったもう一枚の用紙を取り上げた。
清川蛍の声質検査結果。およそ人間とは思えない数値がつらつら並んだそれを、興味深そうに一読してから。
「……ふむ。訓練なしならこの程度か」
*♪*
君も葬憶隊だから知ってると思うけど、日本は世界でも屈指の音念大国だ。
原因は諸説ある。山がちで都市部に人口が密集しやすい地形、特定の微粒子を多く含む大気の構成、エトセトラ……私はそれらが複合的に作用していると睨んでいる。
長年わが国にはびこってきた事なかれ主義的な空気、島国由来の内向的な民族性が拍車を掛けているという意見もあるね。
なんにせよ音念は今や国際的な問題だ。何らかの手を打たなければ、世界はゆるやかに破滅へ向かうだろう。
さて、この状況で人類が取るべきアプローチは大きく分けて二つある。
まず一つは音念の発生自体を防ぐこと。といっても生活環境の改善ってのはいささか抽象的すぎるし、人間社会には変数が多すぎて人為的な制御はほぼ不可能だ。
そこでもっと即物的に、遺伝子内の『発叫因子』――つまり音念を生み出す性質を特定し、ゲノム編集で除去するという取り組みもある。前者は海外の研究チームがすでにそれなりの結果を出したそうだ。
だが、仮にそれを全人類に適応したとしても途方もない年月がかかる。もちろん倫理的な壁もあることだし。
もう少し実現可能性が高いのは、特定の脳波をホルモン投与で制御することかな。これはテルイエ技研が主導してやってる。
しかし、実用化にはやはり時間がかかる。
よってもう一つは今すぐ実現可能かつ即効性のある手段。出現した音念を片っ端から消していくことだ。
つまり葬憶隊の活動がそれだが――現状どうだね? 音念事件の数は増えてるのに人手不足だし、現場到着までに時間がかかる、そもそも通報自体が間に合わないケースも少なくない。
平たく言えば、君たちだけでは足りないんだ。
そこで私は技術的観点から市民の自衛をサポートすることにした。
より具体的に言えば、祓念刀の機構を応用して、音念の発生と増大化を抑える装置を開発しているわけだ。一応すでに音念低減スピーカーとして試験的に導入した場所もある。
ただこれがねぇ……理想とはほど遠いんだ。ある程度の効果を見込むには、どうしても人間に知覚できる音量と周波数で不快な音を垂れ流すことになるし、何より大きさとコストが実用的じゃない。
祓念刀も昔は外付けの増幅器が必要だった。なんとか小型化には成功したが、音念本体に出力部を直に接触させる必要があるから、どうしても扱うには戦闘技術が要る。
身に付けるだけで効果を発揮するくらいでなければ大衆に広めることは不可能だ。軽量で、装着者の心身に負担をかけず、収益を見込める範囲内でなるべく安価……。
いやはや、道のりは遠いよ。
……さて。
ともかく私の研究には特異発叫者の協力が不可欠なんだが、探すのにはいつも苦労するんだ。昔も今も明確な基準がないし、個人情報がどうとかも言われるし、何より死んでからそれらしいと判っても遅すぎる。
照廈の名前をフルに使って何人かに会えたが、中でも留理子は特別だった……そう、つぐみの母親だよ。かわいい人だった。気が強くて繊細で、いつも毛布に包まるみたいに音念にまみれてて。
恋人が兄さんにちょっかい出されるのはいつものことだから、それ自体は大して気にしちゃいなかった。でも彼女が妊娠して、不安定さに拍車がかかってね、なかなか興味深かったんで結婚したんだ。
それに、そうでもしないと留理子が死んじゃいそうだったから。
生まれてきた子は母親以上の逸材だった。三歳くらいまで、音念低減スピーカーで囲んだ僕の研究室から出せなかったくらいさ。
留理子はそれを見て絶望してしまった。この子はまともに生きていけない、一生ここから出ることすらできないんだ、って。
危うくつぐみも巻き込んで心中されるところだった。なんなら私も死にかけた。
「……だから仕方ないだろ? 留理子がいなくなって、つぐみに手伝ってもらうしかなかった。
十年前、これを作って、あの子は死んだ。音念は単なる副産物だよ」
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