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十二、華麗なる炎天の一族①

 とうとうこの日が来てしまった。隣の旺前(おうまえ)支部長は普段どおり、ちょっと胡散臭いくらいの爽やかさで「今日はよろしく」と笑っている。

 ワカシはずっしりと沈む胃を押さえながら頷いて、隊用車のキーを回した。


 気持ちとは裏腹に車はスムーズに大通りを駆けていく。埃っぽい繁華街や寂れた住宅街を越えると、途端に景色ががらりと変わった。


 見晴らしのいい広い坂道。木陰に佇む自動販売機には目立った傷や凹みはない。

 裕福そうな品のいい中年女性が一人、毛艶のよい大型犬を散歩させている。

 立ち並ぶ家々の立派な外壁も整然として、当然ながらスプレーの落書きなんてないし、そもそも路上には煙草の吸殻ひとつ落ちていない。


 荒んだ駅前とはまるで異なる、どこもかしこも淡く鮮やかに彩られた空間は、今日(こんにち)音念(ノイズ)社会とは無縁かのようだ。並木の艶さえ違っている。

 ここ八音(やおと)はいわゆる高級住宅街。悪名高い鉦山(かねやま)一帯が納琴(なごと)の闇であるなら、こちらはさしずめ光といったところ――()()()は。


 心ひそかに悪態を吐きながら、車を一旦停める。いかにもな黒塗りの大きな門前に。

 インターホン越しに畏まった声で身分を問われ、ワカシはサングラスを外しながら、苦々しく口を開いた。


「……雀嗣(わかし)です、ただいま帰りました。旺前支部長も一緒です」





 広い邸内には応接用の部屋が数種類もあるが、通されたのは対庭室(コンサバトリー)だった。特殊加工を施したガラス張りの天井から柔らかな陽光がたっぷり降り注ぎ、周囲は手入れの行き届いた英国風の庭イングリッシュガーデンがぐるりと一望できる、この屋敷で一番解放感のある部屋だ。

 柱の色に合わせた白いティーテーブルに、用意された茶器は四脚。


 ややあって、五十前後の男が二人現れた。片方は一目でそうとわかるオーダーメイドの高級スーツ、もう片方はハイブランドのポロシャツの上にややくたびれた白衣を纏っている。

 二人の顔立ちはよく似ている。血を分けた実の兄弟だから当然だが。

 白衣を着ている弟はいくらか人好きのしそうな柔らかい表情で、「やあ久しぶり」と明るい調子の挨拶を放ったが、隣の兄は迷惑そうな色を隠さない。第一声は「何しに来た」だった。


 兄は照廈(てるいえ)磯彦(いそひこ)。ワカシの実父。

 そして弟は照廈尉次(じょうじ)。ワカシの叔父であり、テルイエ技研の所長にして、ハナビの発声者『つぐみ』の父親である。


「ひどいなぁ、久々に会った息子に対する挨拶がそれですか」

「会社に戻るために帰ってきたわけじゃないなら当然だろう。一体いつまで()()()()()()()()を続ける気だ?」

「ご心配なく、たとえ葬憶隊(ミューター)を辞めてもうちを継ぐ気はありませんから。それに今ボクらはその『会社』が起こした問題の後始末に追われていまして……」


 初っ端から火花を散らす親子を横目に、旺前麒三郎(きさぶろう)と尉次は「二人は相変わらずだねぇ」「本当にね」と笑い合っている。


「とにかく私は忙しいんだ。このあとも役員会議が控えてるし、尉次だって暇じゃない。早く本題に入れ」

「あ、そうそう。話って何だい? 兄さんだけじゃなく私まで呼ぶなんて珍しいじゃないか、旺前さんがいるのもそうだけど」

「僕は単なる付き添いだよ。事と次第にもよるけどね。じゃあワカシくん、頼むよ」

「はい」


 頷いて、二つの顔を見比べる。

 普通ならつぐみの父親である尉次だけを呼べばいい。わざわざ忙しい社長二人の予定をすり合わせねばならなかったので、この機を設けるのに時間がかかった。

 その労は無意味ではないはずだ。少なくとも、ワカシにとっては。


「では単刀直入にお聞きします。

 ……つぐみちゃんを殺したんですか?」


 兄弟はそれぞれ、似たようで異なる反応をした。

 磯彦は即座に意味が汲み取れず、ほんの一瞬困惑してから、無礼な容疑が掛けられたと察して不快感に転じ。

 尉次はしばらくキョトンとしたあと「ああ」と得心がいったような声を上げ、それから少し困ったような顔で続けた。「もしかしてうちの娘の話してる?」と。


 ちなみに旺前はワカシの直裁すぎる切り込みには面食らいつつも、冷静に照廈たちのようすを窺っているようだった。


「他にそういう名前の女の子がいますか?」

「いや、思い当たらないな。でもどうして今さらそんなことを?」

「言いましたよね、後始末に追われていると。今この納琴市には彼女の顔をした騒念(クラマー)が潜んでいるんです」

「へぇ……」

「騒念とはたしかに物騒だが、それとつぐみとに明確な接点があるのか。証拠もなく相手を糾弾するのは名誉毀損にあたると教えたはずだぞ」


 磯彦が冷静に口を挟む。大企業では訴訟沙汰も日常茶飯事だから、これくらいでは動じない。

 不利な証拠になるものは予め隠滅し、人の口は金と物量で塞いで、そもそも起訴にさえ辿り着かせないのが彼らのやり方。そうやってテルイエという巨体を何十年も守ってきた。

 それくらいワカシも理解している。


 十年も前の話だ、今さらまともな物証を見つけられるはずがない――彼らはそう高を括っているから、まだ強気でいるのだ。

 この人たちは知らない。『つぐみの顔』をしているのは、ハナビだけではないことを。


「叔父さん、さっきボクが『つぐみちゃん』と言ったとき、一瞬何のことかわからなかったようですね。まさか自分の娘の名前を忘れちゃったんですか?」

「いやいや。単にもうずいぶん前のことだから、今あの子の話をされると思ってなくってさ」

「そうですか。……本当は、あなたの子どもじゃなかったから、だったりして」

「え、ワカシくん……」


 旺前がやんわり『大丈夫か』とアイコンタクトを送ってきたが、ワカシは無視して一枚の紙を取り出した。


「これはとある女の子のいくつかの検査結果です。一枚目はDNA鑑定。……叔父さんとはせいぜい親族である可能性が提示されただけでした」

「……誰だ?」

「それを一番聞きたいのはボクです。お父さん、生物学的に()()()()()()()()()()女の子が、つぐみちゃんとそっくりな顔をしているのはなぜでしょう?

 もう一度訊きます。貴方がたは、ボクの妹を殺したんですか?」



 →

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