九、悲鳴と怒号のロックバンド
第一声は「なんか違うのよねぇ」。
生臭い闇の中、青年は胡乱な瞳で、その無遠慮な声の主を見下ろす。
姿かたちはハイティーンの麗しい少女。全体的に白く、華奢で愛らしく、決して恐ろしげな風貌とは言いがたい。
けれども――『それ』に逆らうとそこそこひどい目に遭うのだと、すでに身体で知っていた。
「何がだよ。オメーを守りゃいいんだろ?」
「それ。そーいう乱暴な言葉遣い、好みじゃないのよね。もっと優しくて紳士っぽい人がいい」
「ッち……めんどくせぇなア。仕方ねえだろ、口調は本体準拠だ」
「わかってますぅ。うーん、思ったより調律って難しいわねぇ」
白い少女は人間ぶって腕組みしながらぼやく。そっちは育ちが良いらしく、首から下はいかにもお嬢様然とした清楚なワンピース姿である。
彼女の隣には別の少女型の怪物がいる。少しふっくらした体型で、地元の中学校のセーラー服を着ているが、今日び珍しいほと律儀に校則を守ったスカート丈だ。
そして彼女らに相対する青年は、安物のジャンパーに穿き古したジーンズとスニーカー。細い首にドッグタグをぶら下げ、逆立てた髪を金茶に染めている――むろん全ては擬態にすぎないけれど。
ここにいる三人は誰ひとりとして人間ではない。ヒトから生まれた悲鳴の結晶、世間では音念と呼ばれ恐れられる、異形の怪物。
それも逃亡中のハナビが新たな仲間として真心こめて育成した、彼女曰く『質のいい子たち』である。
本物の人間と見分けのつかない完璧な擬人化形態。淀みない応答ができる高い言語能力はもちろん、自律思考能力も備えている。
基になった人物やその関係者にさえ出会さなければ、世の中に紛れ込むのは容易いだろう。
もっとも――彼女の宿敵・清川蛍には通じない。幸いそいつはまだ前回の負傷のために『支部』に閉じこもっているようだから、しばらくは安泰だそうだ。
この猶予期間に、ハナビは安全な住み家と充分な勢力を作らねばならなかった。
「そうだ、あなたたち名前どうしよっか。本体と同じは紛らわしいし」
「俺は別に何でもいいよ。おまえは?」
「……」
セーラー服の少女はびくりと肩を震わせた。小声で何か言った気もするが、聞き取れない。
「せっかくだから私が考えてあげるわね! えーっと、……暗いからクララちゃん!」
「由来がひでぇ」
「響きはかわいいでしょ? もー。じゃあねぇ、んーと、……セーラー服だからセーラちゃんね。はい決まりっ」
「適当か! でもさっきよりゃマシだな。……もしかして俺も付けられんのか?」
「当たり前でしょ? ていうか、あなたはもう決まってるの。ロックミュージシャン志望のロックくん!」
「げぇ……クソダセェ……」
まあ適当な有名歌手の名前とかにされるよりいいか、と『ロック』は肩を落とした。そういうリスペクトに欠ける行為はダメだ、という信念だけは確固として彼の底に存在している。
たぶん本体がそう思う男だから。ハナビに頭を弄くられても、生まれた瞬間に本体から引き継いだ、芯の部分は元のまま。
ご主人様はそれを不自由だとのたまったのだ。人格自体は変えられない、と。
しかし性格や嗜好がどうであろうと、今のロックがハナビの忠実なしもべであることに変わりはないのだろう。明らかに当初は持ち得なかった感情を植え付けられている。
たとえば『ハナビの言うことには絶対に従う』など。
「さーってと、それじゃあらためて私の完璧な『ダーリン』を作りにいきましょ!」
「だぁりん??」
「そ。蛍にとっての時雨ちゃんみたいな、何があってもぜーったいに私を守ってくれる人。でもね、時雨ちゃんて見た目はそんなに恰好よくないのよね。髪ボサボサだし顔もパッとしない感じ。だから、彼より素敵な人にして、蛍に自慢しちゃうの!」
「……なんでもいいけどその女殺すっつってなかったか?」
「そーだよ? そーだけど、私たちってほとんど同時に生まれたのにその後の暮らしが違いすぎるんだもん。あの子に勝ったーって気分に浸りたいのよ。殺す前にね」
まったくそういうところは人間と遜色がないな、とロックは思った。ちなみに、そんなふうに思える自律思考能力も、ハナビが彼に与えてくれたものだ。
本来ならロックにはたった一つの感情しかなかった。
音念とはそういうものだ。どんなに他の音を食ったって自分が膨れるだけで、そいつを取り込むことにはならない。
本来の音を失うことなく、同時に複数の感情を持つ。それが音念より進化した存在――騒念の特長。
ただ大きいだけじゃないのだ。ただうるさいだけじゃない。音符一つじゃ音楽にならない。
いわば俺たちは和音だ、とロックは思う。それ単体では曲にならないが、集まれば旋律が生まれる。
聞き手の魂を揺さぶれるだけの音なら、不協和音でもいい。
今の自分たちがバンドなら、ボーカルギターにベース、キーボードが揃った感じだろうか。あとはドラムスが欲しい。
そう、自分たちは調律されている。ハナビにとって都合のいい思考をするように。
わかっていて彼女に従うのは、別にそう仕向けられているからだけではない。
――これは俺の意思だ。ハナビは俺に、夢を叶えるための力をくれる。
「あ、ロックくんはセーラちゃんと仲良くしてあげてよ。この子だってもう少し痩せたらけっこうかわいいと思うし。ね、セーラちゃんも彼氏欲しいよねっ」
「ふざけんな。……おいセーラ、真に受けなくていいからな?」
「……」
少女は小さく頷いた、ような気がする。仕草がささやかすぎて読み切れない。
音念というのは人の身に収まりきらなかった感情の発露。ゆえに自己主張の激しい者ばかりだと思っていたが、どうやらそうでもないのもいるらしい。
あるいは、そうして日頃溜め込んでいる者のほうが臨界点を越えた瞬間の爆発は大きくなるのかもしれないが。
斯くして、人ならざる者たちの仲間探しは続く。
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