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七、問いかけ

「……大丈夫か?」


 思わず声をかけたのは、鳴虎が石のように固く強張っていたからだ。家族にも等しい少女のこんな検査結果を出されては無理もないと思うが。

 匡辰(まさとき)だって、夜勤から切り替えたばかりのまだ明瞭とは言えない頭を思い切り殴られたような心地で、まだまともに意見が浮かばない有り様だった。


 元相棒は何も答えない。ただこちらを見上げる瞳が今にも泣き出しそうで、その曇天に既視感を覚えた匡辰もまた言葉を失った。


 そんな表情を以前にも見ている。たとえばつい最近、班長としての自身の力が足りず、時雨にひどい怪我をさせてしまったと嘆いていた姿と重なった。

 ――あるいは、もっと前にも、ただ一度。

 忘れかけていた古傷がかすかに痛んだ気がして、思わず肘を押さえた。


「……。もはやお二人も部外者ではないと思うので、お話してもいいですか?」


 匡辰たちのやりとりを横目で見ていたワカシが急に口を開く。

 いつになく真面目な態度だ。旺前支部長が同席しているからだろうと思ったが、そうではなかったと五分後には匡辰も理解することになった。

 なぜなら「いいんじゃないかな」という支部長の相槌に頷いた彼は。


「例の『つぐみ』ちゃん……ボクの従妹なんです。といっても、初めて会ったのは彼女のお葬式でしたけど」


 そう言ってタブレット端末を取り出した。そこに表示されていたのは幼い蛍の写真――いや、そっくりだが別人か。

 背景はいかにもな豪邸だし、着ているものもハイブランドのものらしい上等なワンピース。隣に立つ父親と思しき人物にも見覚えがない。


「うちの人に送ってもらった十年前の叔父親子の写真です。つぐみちゃんは六歳で、これを撮ったあと亡くなったとのことでした。……周囲への説明では交通事故に遭ったと」

「その子が騒念(クラマー)発声源(ソース)か」

「……恐らく。皆さんもご存じかと思いますが、叔父の尉次(じょうじ)はテルイエ技研工業の社長で、主席研究員を兼ねています。専門は音念(ノイズ)と脳科学。叔母……つぐみちゃんの母親は、もともと彼の研究の協力者で……いわゆる『特異発叫者(ディープ・クライヤー)』だったそうです」


 特異発叫者。まだ医学的に認められた概念ではないが、音念を出しやすい体質とされる人間のことだ。

 平たく言えば思念自殺に至る確率が一般人に比べて高いので、生存している症例の確保が難しいため、あまり研究が進んでいない。

 過去形で『だった』と語られた母親が写真に写っていないのも、恐らくそういうことだろう。


 身近なところでは時雨にもその疑いがある。両親の事件直後の保護期間はもちろん、それ以降でもたびたび音念を出していると鳴虎から聞いたし、何度か匡辰自身も遭遇している。


 特異発叫体質は遺伝するという説もある。 

 弱冠六歳にして騒念を生んだ可能性がある少女もまた、母親から呪わしい才能を受け継いだのかもしれない。


「……、この子と蛍の関係は?」

「わかりません。ですが外見だけ見ても、明らかに無関係ではないでしょう。それにこの数値」


 ワカシの指が、トンと机上の報告用紙をつついた。いずれも尋常ならざる数字ばかりが並び、支部長をして『音響兵器』と言わしめた、蛍の声質検査結果を。

 鳴虎の手前なんとか言葉を選びたいとは思うものの、匡辰も『異常だ』という感想を禁じ得ないそれ。


「明らかに叔父と技研が関わっています。十年前つぐみちゃんに本当は何があったのか……どうしてあの騒念が生まれたのか、それから清川さんがどう関わっているのか。

 恐らく関連資料はすべて処分されているので、直接出向いて本人から聞き出すしかありません。すでに手配は進めています」

「清川は連れて行くのか?」

「……いえ。データだけお借りします」


 その言葉を最後に冷たい沈黙が降りる。現段階でわかることは少ない。

 共有止まりで議論にもならないまま、壇上に挙げられた少女の今後を憂わずにいられないのは、匡辰も同じだ。


 ややあってタケが「今後の清川蛍の扱いだが」と前置きを投げた。


「……ひとまず検査結果は公表しない。外部にはもちろん支部内でも。無闇に広めるのは得策ではない、と考える」

「ほう、それはまたどうして? 単純にこの数字を見てると危険性が高いと思うけど」

「だからこそです。支部長の仰るとおり、これを見たら誰だって、もし清川がこの声量を人間に向けたらどうなるか……と考えるでしょう。しかし彼女には、この十年間それらしい傷害事件を起こさなかった実績があります。

 そうだね? 萩森」

「……はい、ええ、もちろんそうです。蛍は問題を起こす子じゃありません」


 支部長がかすかに微笑んでいる。明らかに感情的になっている鳴虎を哂ったようにも、あるいは彼女やタケの配慮に感心したようにもとれる、曖昧で色の薄い笑顔だった。

 昔から彼の考えはよくわからない。今も右目を遮るモノクルのレンズに蛍光灯が反射して、表情の半分ほどしか伺えなかった。


 匡辰はただ俯瞰している。――物事の全体を見ろ、が己の父の口癖だ。

 かの人は現職の警察官で、息子も父と同じ道を行くものだと親子揃って信じていたが、そうはならなかった。今の社会に必要なのはそれより葬憶隊だと感じて進路を変えたからだ。

 意義のある仕事をしたいと願っている。ただ、何が正しいのかなんて、いつもわかるわけじゃない。


 蛍の処遇はどうだろう。確信は持てないが、二人の言い分には納得できる。

 なまじ特別扱いをして蛍の精神状態を脅かすほうが、むしろ悪い結果を招きかねないだろう。


 その後いくつかの打ち合わせを経て会議は終わった。

 一人また一人と退室していく中、いつかと同じように鳴虎と匡辰だけが残る。厳密には彼女が立つ気配がないのでこちらも動かずにいた。

 報告書を見つめながら考え込んでいる彼女に、匡辰はずいぶんと悩んでから、そっと細い肩に手を置く。


「……何よ」

「いや、その……随分思い詰めているようだが」

「当たり前でしょ……やだもう、あんたに慰められるなんてこの世の終わりみたい」

「ひどい言い草だな。確かにそういう性質(たち)じゃないとは自分でも思うが……。一応、僕も君と一緒に蛍を保護した身だ。だから君一人に抱え込ませない権利がある」


 違うか、と尋ねると、鳴虎は口端を歪めた。やっぱり泣きそうな眼をしていた。



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