三、乙女心はピリリと辛い
だいたい一時間ほど前、総隊長執務室。
照廈ワカシと干野コハルはそれぞれ少し緊張した面持ちで集合していた。とくに後者は普段この部屋に呼ばれる機会がないため、落ち着きない視線をやたら周囲にばら撒いている。
ややあって扉が開いた。現れた人影にすばやく反応した約一名が奇声を発する。
「ナギちゅゎぁん……!♡」
「おはようございます。今すぐそのキャラを仕舞いなさい」
相変わらずなワカシのラブコールを温度ゼロで却下した沼主凪沙は、背後に連れていた少年――半裂ショータを終波隊長の前に立たせた。
ショータはかろうじて背筋を伸ばしているが、タケに投げかけた視線はいくらか懐疑的だ。恐らく特務隊長と聞いてもう少し若くて屈強な男性を想像していたのだろう。
気持ちはわかる、とコハルは思った。自分も最初は驚いたからだ。
中部支部特務隊の長にして実働部隊総隊長、終波武。名前の字面が男性的なのも紛らわしい。
少なくとも東日本で最強と名高い人物が、百六十センチにも満たない平均的な背丈かつ、年相応に痩せた白髪のお婆さんだなんて、誰が想像できようか。
「半裂ショータ、満十四。道場での成績は申し分ありません。本日付で照廈班に配属になります」
「はーい。新人のショータくんね、よろしくちゃん☆ボクのことはくれぐれもリーダーって呼んでにょ~」
「……キモ」
「うん?」
なんか今、穏やかでない言葉が聞こえたような気が。
「まいいや。こっちはうちの班員、つまりキミの先輩のコハルちゃん」
「干野コハルです。よろしくね」
「……」
なんか無視されたような気が。
……いや? 本当に狐晴を見てすらいない。
ショータの視線は室内のあちこちを当てどなく彷徨っている。それを見て、ああきっとこの子も緊張してるのね、とコハルは思った。
ともかくそのあとショータを連れて執務室を出た。ワカシはまだ何か話があるらしいので、引率はコハルだけ。
まずは支部内を案内したげてちょ★というド適当……おほん、大変ふんわりした指示をいただいたので、探索がてら挨拶回りすることに。
支部はけっこう広い。コハルもまだよくわかっていない部分があるくらい。
とりあえずよくお世話になるのは、制服や祓念刀を含む各種デバイス等、装備のメンテナンスや交換をしてくれる科学部の技術チームと、同・医療チーム。
それから総務の事務・経理チームとのお付き合いも地味に大切。
……が。
途中からコハルは理解した。ショータの態度の悪さは、緊張のためだけではないと。
まず自分から挨拶しない、名乗らない、まともに返事さえしない。相手の目を見ない。ひどいときは手をポケットに突っ込んでさえいる。
愛想がないなんてもんじゃない、まるで礼儀を知らないのだ。
「ショータくん。いえショーちゃん。……ちょっといい?」
「勝手にキモい呼び方しないでください」
「お黙り。いい? ここは学校じゃないの。社会なのよ。普段からちゃんと周りとコミュニケーションをとっておかないと、いざって時に困るんですからね」
「……ウッザ」
ええいこのク●ガキ……!
日ごろ行儀よく振る舞っているコハルだが、つい脳内に口汚い罵倒の文句がよぎった。正直堪えきれずにこめかみがピクついている自覚もある。
しかし。……しかしだ。
忘れてはいけない。絶賛不人気職業であるところの葬憶隊は万年人手不足、とくに今の中部支部は怪我人多発でより状況が悪化している。
そこへきて元より貴重な新人である。ちょっとくらい性格に難があろうが、文句など言ってはいられない。
ぶっちゃけ班長はアテにできそうもないし、コハルがなんとかショータの手綱を掴むしかあるまい。
(胃が痛くなりそう……)
唯一の慰めは、ショータはまだ中学生のためコハルたちより勤務時間が短く設定されており、しばらく夜勤になったらしい椿吹班長とは顔を合わせないことだろうか。
彼に無礼を働くことだけは許せない。何よりもまず、それをコハルの監督不行き届きだと思われたくない。
「ハァ……とりあえず、次は病室に行くよ」
「なんで?」
「何人か怪我して入院してる人がいるの。ね、お願いだからお行儀よくして。とくに椿吹班の人に失礼な態度を取ったらお仕置きですからねっ」
「……自分も未成年のくせに大人ぶんなよ。ウザ」
しばきたい 泣くまでお尻を 叩きたい
――干野コハル 心の俳句――
……。
そんなこんなで上鷲エッサイくんと空蝉時雨くんの病室を尋ねたところ、ちょうどにっくき萩森鳴虎と清川蛍さんがいたわけである。
さすが上鷲くんは怒らない。そも彼が感情的になった姿を見たことがないけれど、髪型といい、何かの修行でもしてるんだろうか。
困惑顔の清川さんもなんだか申し訳ない……が、萩森鳴虎は別だ。
せっかくだからショーちゃんももっと煽ってくれればいいのに。などと、今までと真逆のことを考えたコハルだった。
……。コハルだって無闇に人と敵対したいわけじゃあない。
この萩森班長は、愛しの椿吹班長の元カノなのだ。
コハルが入隊した時点で二人は付き合っていたから、毎日が絶望だったし、婚約したと聞いたときは本気で『今なら音念出せそう』と思ったくらいだった。実際、自分ではわからないだけで多少出ていたかもしれない。
それでも、なんとか見守ろうと努力した。椿吹さんがすごく幸せそうだったから。
ところが唐突に二人は破局。コハルとしては喜びたいところだが、実際には今なお未練がましい視線を送ったりさりげなくボディタッチしたり下の名前で呼んでいたりと、忌々しい振る舞いの数々は枚挙にいとまがない。
椿吹さんが彼女に振り回されて弄ばれているようにしか見えないのだ。
ので、どーしても萩森班長を見ると反射的にムカついてしまう。軽くオバサン呼ばわりするくらいは許されると思う。
「ていうか二人で回ってるの? ワカシは?」
「班長は終波総隊長とお話があるそうなので。それに居ても別に役には立たないし」
「……それはそうだけど、あんまりハッキリ言ってあげるのはやめなさい。それも新人の前で……」
ちなみに班長へのイジりは優しさです。あの人はこういう扱いをされると「ぷぇ~ん↓しどいっ」とか言って喜ぶ異常者ですから。
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