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十二、怪物喰らいの怪物へ

 五ツ星授与の条件は『補助付きで超級音念(ローカス)一体の討伐成功』だが、そもそもの問題として、自然界に超級は存在しえない。というより、してもらっては困る。

 では、実際はどのように技能値を測るかというと、葬憶隊(ミューター)支部内には模擬実戦訓練室というものがある。


 簡単にいえば、人工的に音念(ノイズ)を作る装置を使うのだ。


「よう。緊張してるか?」

「ゴリさん、……まぁ、ちょっとは。でもゴリさんの顔見たら安心感がしゅごい……☆」


 何言ってんだと快活に笑うのは、縦にも横にも見事な体格をした三十路の男だ。鎧のようなぶ厚い筋肉、短く刈り上げた硬めの黒髪と同色の太い眉が、なるほどゴリラを彷彿とさせる雄々しいオーラを醸し出している。

 通称ゴリさん、本名は五来(ごらい)鎮馬(しずま)、特務隊所属。今回の昇級試験の『補助』だ。

 ワカシも鍛えてはいるものの、そこまで体格がいいほうではないので、ゴリさんが横に並ぶと相対的にかなり細く見える。


「ナギサじゃなくてよかった、ってか?」

「うぅ……否定できにゃい。でもあのぉ、決してナギちゃんじゃあ不満とかぁ、そーゆぅんぢゃなくってぇ……」

「俺に言い訳してどーすんだ、ハハ。まぁわかるぜ。歳上で元指導官だってもよ、惚れた女に守られんのは、男としちゃあちょいと癪だよな」


 ちょっぴり赤面もしつつ、苦笑しながら首肯する。おおよそ彼の言うとおりなので。

 ともかくゴリさんに話しかけられたおかげで、肩の強張りはいくらか和らいだ。しばらく昇級試験を受けていなかったし、まだ新人上がりのコハルを連れているため現場も易しいものが多く、戦闘自体めっきり数が減っていたところだ。

 それに上級音念(ボイスタラス)なら先日も相対したが、さすがに超級音念となると経験がない。


 補助付きの試験とはいえ気を抜けば怪我くらいはする。今の葬憶隊の状況を考えると、これ以上の欠員は許されない。

 五ツ星級の試験を、受験者であるワカシ自身はもちろん、五来も無傷で終えられなければならないのだ。


 開始五分前の通知を受けてサングラスを外す。訓練室の外にあるデスク上のトレーに置くと、プラスチック同士がカチリと軽い音を立てた。

 髪は邪魔にならないよう、あらかじめうしろに撫でつけた上で帽子に押さえられているので、これで傷を隠すものは何もない。古くなった火傷痕は右頬全体から鼻梁にかけてと、左目の下に醜く広がっている。

 年月とともにずいぶん薄くなりはしたけれど、そこに刻まれた(くら)い炎はまだ、ワカシの奥で燻ったまま。


「用意はいいか?」

「はい。……よろしくお願いします」


 スライド式の扉が、試験開始をゆっくりと告げた。


 一歩踏み入れた室内は少し寒い。入ってすぐ、部屋の中央にうずくまったそれが見えた。

 人工音念は“半解凍”された状態になっている。奇妙な表現だが、生成直後に極低温にすることで高振動状態を保ったまま活動を抑制させるという、わかるようなわからないような理屈による処置らしい。

 壁に埋め込まれたディスプレイに『恐鳴(スペクター)値』が表示されている。音念の強さは振動の数を指標としており、超級音念のそれは優に一万を超え、活動を開始すれば大型の竜巻並みの破壊力に到達する。


 生ぬるい空気が吹き込んでそれを冬眠から目覚めさせる。曖昧ながらヒトの形だが、人工物なので同じ外見の人物は理論上この世に存在しない。

 傾けた蒼白い頬の上に、硝子玉めいた虚ろな瞳を浮かべ、亡霊のような声で『それ』は鳴いた。


『ぅあバぁ? おォああヤあアィ?』


 いかにも作り物らしい無意味な発声だ。何の感情も灯らない、意図すらない単なる音。

 ワカシは無言で踏み切った。


「!」


 刃が触れた瞬間にわかる、上級音念とは比べものにならない圧。その感覚を脳は咄嗟に『重い』と処理した。

 音念に質量などほとんどないはずだけれども、確かに刀身を拒む抵抗力がある。呻き声に似た反応に交じって、霊体を切り潰すときに響く特有の不快な音が、止め処なく鼓膜を掻いた。

 ――ぎゃ、ぎゃぎ、が、がッ、がッ……。


「退け!」


 ゴリさんの怒号めいた指示に、ワカシは反射的に身を引く。直後に眼前を肌色の闇が掠めた。


 人工超級音念はぶよぶよと身体を変形させており、腕だった部分が樹枝のように何股にも裂け、その一本一本が凶手となってこちらを狙う。自律思考能力があるようには見えないが、攻撃に対して本能的に反応しているのだろうか。

 こうなると防戦に転じざるをえなかった。触手の突撃を祓念刀で受けるたび、相手も多少削れはするが、霊体破壊には至らず再形成を許している。


「おいおい、受けに回っちゃジリ貧だぜ。立て直せるか?」

「――ッ……手出し、無用です」


 刺突を受け流しながら打開策を探った。まず最初の斬撃、異様に重く感じられたのは、恐らく霊体の結合密度が極めて高いせいだ。

 構成する要素が同じでも、低位の音念とでは黒鉛とダイアモンドほどに違う。同じ感覚で斬っても無駄らしい。

 祓念刀の出力調整で対処できるものでもない。女性でも容易に扱えるほどの軽量と、戦闘に耐えうる頑丈さの代わりに、楽器としての性能には限界があるのだ。


 ワカシ自身は例外的な二刀流だが、特務隊はみんな刀一本でこの試験を切り抜けている。それどころか。


(……ナギサさんは六ツ星だから、これを補助なしで倒せるんですね)


 求められるのは道具の性能ではなく使い手の技能。高密度の霊体を効率的に破壊する術、それを得てようやく騒念(クラマー)を狩るに足り、かの女性と並び立てる。

 ワカシは寸時瞑目し、それからもう一度瞼を開いた。


 目の前には、歪に崩れた音の怪物。


 これを殺す。短絡的な思考に身を浸し、それ以外の複雑性を削ぎ落とす。

 なんとなれば脅威を圧倒するにはそれ以上の勢力でなければならない。上級音念程度ならいくらでも消せるのだ、であれば理論上、ワカシは目前のこれと同等の化け物になりえる。

 よって今からは――もっと凶悪なものにならねばならない。


 超級以上の、悪意に。



 →

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