十三、悲しいかな葬憶隊名物
数分後、鳴虎だけが戻ってきた。
どうやら時雨は離脱、蛍もまだ本調子ではないからと病室に戻らせたらしい、まあ妥当な判断だと思う。個々をバラバラにしておくのも少し危ういが、支部内に留まらせていれば大事にはなるまい。
……それより、こっちのほうが大変そうですし。と、目の前で睨み合う先輩方を眺めながら、ワカシは苦笑いしていた。
「どういうつもり? いきなりあんな話、あの子たちがショック受けることくらい想像つくでしょうに」
「隠すべきではないと判断しただけだ。君は少し彼らに過保護すぎる。二人とももう十六だし、一人前の隊員として扱うべきだ」
「まだ十六よ。あたしだって、そりゃ後のことを考えたら早いうちに話すべきだとは思うけど、ただ……ッもっとこう、言い方とかあるでしょ!?」
ほーらね。思ったとおりの展開に、思わず向かいのタケおばあちゃんに目配せすると、特務隊長様は黙って肩を竦めた。
まったくどうしてこうなっちゃうんだろう、この人たちは。
ワカシが知るかぎり、鳴虎と匡辰はちょっと前まで超がつくほどラブラブだった。隙あらば見つめ合い、さりげなくボディタッチし、言葉に出さなくても『僕たちお互いが大好きですぅ』というオーラをダダ漏らしていた、ウザいほどに。
結婚しますと言われたときも、そうでしょうねってな具合で納得しかなかった。
そのころのワカシの関心は、そんな安定安心の二人の仲なんぞより、自分の部下のメンタルケアに注がれていたものだ。……その理由は後述するとして。
が、二カ月前。突然の婚約解消アンド破局。
どちらか心変わりしたのかと思いきや、どうもお互いに未練ありげ。そのくせ妙に相手に対して攻撃的ときている。
おわかりいただけるだろうか。このいつまでも思春期みたいにモチャモチャやってくれてる先輩カップルに、立場上付き合わされる恰好になってしまった哀れな後輩班長クンことワカシの苦労ってヤツが。
「あ~の~、お二人さァん。痴話ゲンカはそれくらいにしてちょ?」
「痴話喧嘩じゃないっつうの!」
「大差ないだろう。ワカシはともかく私まで待たせる気か」
「……失礼しました。話を戻しましょう」
「ねえタケさん今さりげにボクチンまで巻き込みでディスりませんでした~?」
おばあさま、ガン無視。
「ともかく騒念の追跡をする。あんたら通常班にも任務の合間に情報収集を手伝ってもらうよ。いくら隠れたって所詮は音だ、必ずどこかに痕跡が残る」
「はーい。でも検知機器があんましアテになんないんだったら、実際に見回りするしかなさそーですよねぇ」
「ひとまず市内の定期巡回シフトを組み直そう。恐らく餌を得にくくなる街の外へは移動しないだろうし……しかし現時点で全班に欠員が出ているのは痛いな」
そこで四人で顎に手を置いて「うーん」と唸る。ぶっちゃけワカシは先達三人に倣っただけだが綺麗に揃ったのでコントみたいになった。なんか満足。
……ああいや、そんな遊んでいる場合ではないのだが。
これぞ葬憶隊名物、万年人手不足問題。
本来なら一班につき五名ほどの構成員が欲しいところを、三人ないし二人で回している時点で、元からだいぶブラック労働だというのに。今はそのうえ、どの班も二人ずつしかいない有様。
萩森班は蛍が入院中。まあ彼女は軽傷らしいから、ここは一番マシ。
椿吹班はつるっぱげの上鷲エッサイくんが全治一ヶ月で、かなり痛い。もう一人の班員がベテランなのがちょっぴり救いか。
で、最後のワカシくん班は元から一人足りないのである。新人が入ってこないので。
もうなんで? どうして葬憶隊ってそんなに人気ないの?
お給料少ないから? 仕事キツくて悪い意味で体育会系なイメージが広まっちゃってるとか?
「……非常事態ってことで、他支部に増援頼めませんかねぇ」
「一応声はかけとくが期待はしないほうがいいだろうね。だいたい一年か二年って話で出張させた連中すら帰ってこないんだ、何処もたいがい手は足りてないよ」
はい。これも葬憶隊のなかでも中部支部名物、育てた人員がよその支部に取られがち問題。
ただいまクソデカ溜息をお吐きあそばしていた終波のおタケ先生は、数年前まで剣術教官として、何人も優秀な隊員を育て上げられた。が、彼女の弟子たちはわずかしか残っていない。
なぜか? ただでさえ人手不足の中、班長以上の実力者ともなると頭数を確保できず、特務隊の設置が困難な地域もある。
そんな状況で特定の支部だけ人材を抱え込むのは罪。世のため人のため、公平な人材派遣を強いられているのだ。
(ボクとしては彼女さえここにいてくれればいいけど……)
ないものねだりしても仕方がないし、しばらくは各班二名体勢でしゃかりきに働くしかないんでしょうね。
……と、ワカシが諦めの境地で菩薩スマイルを会得しかけた、そのとき。
――けたたましい警報が支部内に響き渡った。
こんな時でも音念は湧く。そういうものだから仕方がない。問題は誰が出るかだ。
見合わせた班長三人の顔は、それぞれ自分が行こうという顔だった。
良くも悪くもそういうところで足並みが揃っちゃうのだ。みんなやんわりワーカーホリック気味の、アットホームな職場です。
「……めーこパイセンとこは時雨きゅんのケアが先では?」
「あ、……それもそうね」
「あとまーくんパイセンはシフト組むのよろです。そーゆーのは得意なヒトがやるべきでしょ。……ってわけで、ワカシくん行っきマース☆」
「待ちな」
シャキーンと飛び出しかけたワカシの背をおばあさまの声が呼び止める。手には端末。曰く、
「通知は中級音念だが……念のためだ、椿吹班の尾被を連れて行きな。椿吹も構わないね」
「了解です」
先に匡辰が返事をして、すぐさま手持ちの端末を取り出した。エントランスで待機するように、と指示しているのを背中で聞きながら、こっちの意思はスルーなのね、とワカシはこっそり肩を竦める。
まあ終波総隊長の御指示に逆らうつもりなど、毛頭ありませんけれども。
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