俺の師匠はスケルトン〜試練を逆手に技術を盗む(盗めるとは言っていない)〜
「……マジかぁ」
ある日のことだ。
ダンジョンに潜っていたところで転移罠を踏んだかと思ったら、訳分からん空間に出た上に試練がどうのって言われた。
目の前の扉を開いた先に敵がいるから、倒してみろとの事。
不幸中の幸いというか、自身掛かっている魔力を探ってみたところ、『緊急転移魔術』は残っているように感じる。
緊急転移魔術とは魔術師が必死に編み出した魔術であり、致命傷を受けたと脳が判断した瞬間に転移が機能し、一度完全に肉体を崩壊させ、地上にて五体満足の状態で復元するという、ファンタジーと科学が織り交ざったようなおぞましい魔術だ。
……おぞましくはあるのだが実用性しかなく、扱える魔術師は非常に重宝されている。
これによってダンジョンにおける死傷者は格段に減り、同時にダンジョンバブルへと発展して行ったのだ。
余談だが、この魔術を受けるには1万円という学生には安くない費用がかかる上、これを受けていないと多くのダンジョンの前にいる警備員にしょっぴかれる。
「……現実逃避してないで、行くかぁ」
この魔術のおかげで、臆することなく目の前の扉を開けられるのだから、本当に有難いことだ。
まあもちろん? 1万っていう大金がかかってるんだから簡単には諦めねぇけどな?
が、試練って言われてんだよなぁ……
世の中の英雄曰く、試練で戦う相手はろくでもねぇ化物ばかりだという。
「やるしかないけどさぁ」
扉に手をかけ、開ける。
その先にいるのは、一体のスケルトン。
右手に剣を一本握っているだけの、それだけのスケルトンだった。
「……技巧系か?」
世に出てる情報と照らし合わせた結果、出た結論はそれ。
力とかではなく、ただただ理不尽な技量で封殺するタイプの試練ではないかと定める。
『────眼前の敵を討て』
声が響いた瞬間、スケルトンが剣を構えた。
……長剣、両刃、宝石が付いてたりもしないから魔剣ではなさそう。
別に鎧も付けてないし、本当にただの骨が剣を持ってるようにしか見えないのだが。
「勝てる気しないんだが?」
同じく剣を構えながら、冷や汗をダラダラ垂らしつつ呟く。
構えられてるだけなのに、どう打ち込んでもその先にあるのは死としか思えない。
だが受けに回ったところで受けきれるわけもないだろう。
まあ、相手がずっと待ってる辺り、この試練はそういうものなんだろうけど。
「はぁ……しゃーない。負けても落ち込む必要が無いだけ良しとしよう」
その事実をまず受け入れる。で、問題はその先だ。
前述の通り、簡単に負けるつもりは無い。
それに何も得ず帰るなんて、そんな事をする気もない。
ならば、出来ることは1つ。
「…………可能な限り見せてもらうぞ」
そう呟き、躊躇無く剣を投擲した。
投擲された剣をスケルトンはあっさり落とす──が、その僅かな動きすら凄まじい技量を感じられる無駄のないものだった。
ただ僅かに身体を動かし、構えた剣を適切な位置に添え、適切な方向へ、最小限の力で振るう。
俺だって剣を振るう身。それだけの事がもはや奥義とさえ言えるほど難しいことは知っている。
しかし幸い、その動きは探索者なりたての俺でも普通に見える程度の速さ。
「ああいう攻撃は、あの軌道で撃ち落とすと」
覚えろ、骨の駆動を。
至ってシンプルなスケルトン、即ち肉体が無いことのアドバンテージ以外であれば、俺でも再現する事が可能なのだ。
この発想に至ったのも、事前知識のおかげ。
『技巧系の試練において、身体能力はほぼ必ず互角になるように設定されているらしい』、と残してくれた先人達のおかげだ。
「……次はこれだ」
続いて、アンダースローでそこらの石を投げてみる。
命中したところで大した損傷にはならないだろうが、スケルトンは飛来する石を剣の側面でずらす事で防いだ。
ああいう防ぎ方もある、という知識にして次の投擲物を探す。
懐にしまっていた魔物の牙、爪、骨、合間合間でそこらの石を拾ってさらに投げる。
その全てを、スケルトンは律儀に剣で対処した。
────というより、あのスケルトンはそれ以外のプログラミングがされていないのではないかと推測する。
言ってしまえばAI、決められた条件の中で、最適な行動を、フレーム単位で実行するような、格ゲーのチートみたいな設定なのではないだろうか。
「……俺を基準に作った結果ってことか」
三十分程も同じことを繰り返しているのに足を止めたままなのも、そんな事をしてしまえば試練にすらならないという、俺の弱さに起因するものと考えれば納得がいく。
故にあのスケルトンが出来ることは、あの跡がついた約半歩分の足捌きと剣を振るうことのみ。
と、そんな思考を巡らせていたところ、スケルトンか初めて自発的な行動をした。
足元に転がったままだった、俺の剣を俺の方向へと蹴り転がしてきたのだ。
現にその剣は、俺の足に触れないギリギリのところで止まった。柄も的確に俺に向いた状態で、だ。
「……いい加減斬りかかってこいって?」
「…………」
スケルトンは答えない。
ただ構えを見せることで、その意志を示しているように感じる。
「……悪いけど少し待っててくれ『師匠』」
自分でもアホくさいと思うが、彼(?)にそう言って剣を拾う。
そんな隙だらけの様子を見せてもスケルトンは動かない。
その場で軽く振るう。目の前の師匠が見せた軌道を少しでも近くなるようなぞって。
不格好なのが振っている自分にもわかる。
それでも、少しでも近づけた上で接近に踏み切るべきだ。
情報は最大限活かす。知識は知恵にして発揮する。
師匠はやはり動かない。
俺のみっともない剣舞をただ見つめる。
「あの軌道で飛んできた時は、こう……あの軌道では、こう……?」
見様見真似、ブサイクなそれを繰り返すこと、再び三十分。
甘い痺れを手に感じながら改めて師匠へと、彼と同じ構えで剣を向けた。
「ふぅ……そんじゃ改めて、御指南よろしくお願いします」
そう告げて、見様見真似の構えを維持したまま、少しずつ近づく。
一気に近づいて訳も分からないまま斬られる、なんて勿体ないことはしない。
師匠はやはり動かない。距離は既に、師匠が一歩近づけば間合いに届く距離だろうに。
この半歩が、俺にとっての死。
構えを維持するのにも体力と気力がゴリゴリ持っていかれる。
「────行きます」
故に早々に意志を固めて、その半歩を踏み、剣を振る。
────瞬間、師匠の姿がブレる。
「……は?」
わかる。これは速度によるものではない。
にも関わらず、半歩という狭い空間から離れられない彼の姿を見失い、眼が彼の姿を探すわずかな時間で俺の腹は捌かれていた。
いわゆる緩急、フェイントと呼ばれる技術の究極系なのだろう。
「……すっげぇ」
感動のあまり、痛みすら忘れる。
馬鹿だった。何も分かっていなかった。
剣を振るうことも大事だが、それでも師匠の技術は全て足捌き──いや、体捌きに込められていたというのに。
今思えば、自分で考えたことだろうに。
あの跡がついた約半歩分の足捌き、と。
もはやこれまで、足に力も入らず後ろ向きに倒れる。
これ以上は何も出来ないと悟り、瞳を閉じる。
緊急転移魔術が起動するのを他人事のように感じながら、暗闇の中で彼の足まで含めた体捌きを想起する。
絶対に忘れないように、何度も、何度も、何度も────
後日、転移魔術で戻ってきた初心者探索者が、一時間ほどもダンジョンの前で寝ていたという話がネットニュースになった。
顔こそ晒されていなかったが、俺は恥ずかしさに寝込んだ。
思いつきで書きました。
連載にするつもりは未定です。