男装の王女
霊能者である男は奏と名乗った。彼の元で霊視や徐霊、降霊を学んだ敏麗はたちまち噂の的となり彼女に大金を払い霊事の依頼をする者が後を経たなかった。
「天才霊能少女」として新聞や雑誌でも取り上げられ彼女を誰もが「先生」と呼ぶ。
天才霊能少女として過ごすこと7年が経過した。
1931年。この日も彼女は徐霊の仕事があり女学校には遅れて登校していた。馬車の中で純白な巫女装束から白地にピンク色の丸襟にボタン、ピンク色のスカートに着替える。これが敏麗の通う女学校の制服だ。
敏麗が教室に入った時は歴史の授業の最中であった。長きに渡って大陸を治めた清王朝の話をしている。
(清王朝?)
敏麗はその言葉に何か引っ掛かるが思い出せな
いでいた。
「ごきげんよう、敏麗先生。」
授業が終わると敏麗の元に3人の級友がやってくる。敏麗の通う女学校はお嬢様学校でありごきげんようは学校内での共通の挨拶なのだ。
「ごきげんよう、でも先生はおやめになって。」
「うふふ、冗談よ。ところで敏麗、今日の放課後は時間空いてるかしら?」
尋ねてきたのは李愛玲。将軍家の令嬢で級の代表委員を務めている優等生だ。
「ええ、空いてるわ。」
その日の放課後は珍しく霊能者の仕事も日舞の稽古も入っていなかった。
「それでは決まりね。私の家に遊びにいらして。たまには息抜きも必要よ。」
敏麗は愛玲の誘いに笑みを浮かべる。霊能者の仕事が忙しく学校にも友達と呼べる人はいなかった。強いて言うなら10才の時に一緒に星を見た春蓮ぐらいだ。
その日の放課後愛玲の家の馬車で彼女のお屋敷まで連れて行ってもらうことになった。級友も同行している。暫くして馬車は山道に入る。
「愛玲さん、一体どこまで走っているというの?」
「大丈夫よ。もうすぐ着くわ。」
どれほど走っただろうか?馬車は停泊した。
「さあ着いたわよ。」
御者が扉を開き愛玲と級友達が降りる。
「さあ、敏麗さん。」
敏麗は最後に降りる。目の前には大木なお屋敷があった。
「さあ、行きましょう。」
愛玲達に連れられ屋敷の中に入る。しかし敏麗には屋敷を取り囲み黒い靄が見えた。
(嫌な予感がするわ。本当にこんなところに住んでるのかしら?)
敏麗は仕方なくついていく。
屋敷の中には悪い物が見える。それも一体か二体ではない。
(ここ溜まり場だわ。)
「愛玲さん、帰りましょう。ここは危険よ。本当に貴女の家なの?」
「何言ってるのよ。部屋にもう1人お客様を待たせてあるのよ。」
こんなところに来たがる人間などいるのか?
愛玲は2階に行き部屋の扉を開ける。
「さあ、紹介するわ。」
そこには白の丸襟にピンク色ワンピースの少女がベッドの上に縛られていた。口も塞がれ声も出せない。
「大切なお客様瑛林よ。」
敏麗の10才離れた妹瑛林だ。
「妹を離して。」
「ねえ、貴女許せないのよね。」
愛玲の級友二人に両腕を捕まれる。愛玲が顔を近づけてくる。
「私は成績優秀で級の代表で人気者なのに。霊能者かなんだか知らないけど目障りなの。霊を出してみなさいよ、天才霊能者の敏麗先生。」
その時
「ちょっと何?」
級友の1人が声をあげる。
「部屋の外から足音がする。」
「誰かいるのか?!」
ハスキーな低音の声が響き渡る。
「きゃあ!!」
級友達は悲鳴をあげ逃げていく。
「待ちなさいよ。」
愛玲も後を追う。
敏麗は妹瑛林と残される。瑛林の縄をほどいていると
「そこで何をしてるんだ?」
敏麗は背後から聞こえた声に恐る恐る振り返る。
「あなたは?!」
目の前には軍服姿の顔立ちが端正な軍人がある。
(思い出した!!あの人だわ。)
敏麗は忘れていた記憶が蘇る。
「女の子がこんなとこに来ちゃ駄目だろう。」
軍人が敏麗を諭す。
「あなただって女の子なのにこんなとこ来てるじゃないですか?」
「僕が女だなんていつ言った?」
「あら、違いました?川島芳子さん、いえ愛新覚羅顯㺭王女。」
ここから芳子様登場します。
過去作品ではヒロインは芳子様に一方的に守られ助けられ寄り添う少女として書いてましたが一味違う百合が書けたらと思ってます。