プロローグ
「先生、お願いします。」
「娘にもう一度合わせて下さい。」
1924年天津
とある裕福なイギリス人の屋敷。ハーグリット伯爵夫妻は白ブラウスに黒いワンピースに黒髪の小さな少女に頭を下げている。
「敏麗先生、お願いします。」
敏麗先生と呼ばれるのは黒いワンピースに黒髪の少女だ。
「承知致しました。娘さんの霊をここに降ろします。写真のご用意はありますか?」
まだ小さくどこかあどけない表情とは反面敏麗は一切子供らしい笑みを見せず大人が使うような難しい敬語を話す。彼女はこれでもまだ10才だ。
「はい、先生。」
敏麗はメイドからモノクロの写真を受け取る。
(可愛らしい娘。フランス人形みたいだわ。)
写真には目がぱっちりとした縦ロールの髪にドレス姿の少女だ。年齢は5才くらいだろうか。
夫妻は天津に来る前はイギリスの湖水地方に住んでいたという。昨年の夏一家で別荘に行った時に当時5才の娘メアリーちゃんは湖に足を滑らせて亡くなったのだ。
「今からメアリーちゃんをここに呼びますのでどうぞ丸テーブルにおかけ下さい。」
敏麗は伯爵夫妻が席に着くとメアリーちゃんの写真をテーブルの中央に置かれた蝋燭の隣に置く。
「火を」
メイドが蝋燭に火を付け部屋の明かりを消す。
「では隣に座っている人の手を握って下さい。」
敏麗から時計周りにハーグリット伯爵、伯爵夫人と座り互いに手を握り合う。これが霊と繋がる体制だ。
部屋には蝋燭の明かりだけがかすかに灯る。
「何が起きても手を離さないで下さい。」
敏麗はお経を唱えると突然テーブルの上に突っ伏す。しばらくしてゆっくりと顔をあげる。
敏麗は夫妻の方に顔を向ける。
「お父様、お母様。」