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脅し、脅され、女子高生。  作者: ようひ
1 異常な出会い
9/17

09 息


 今日も、何もない1日だった。

 無職として無為に過ごした、無駄な1日。

 こんな日々がこれからも続くのだろう。


 人殺しの女子高生と一緒に、こうしてずっと——。


(って、なに仲良くしてんだオレは!)


 瞬間に、ハッと思い出す。


(こいつを追い出すんじゃあなかったのか?)


 胃袋を掴まれている場合ではない。

 どんなに料理が美味かろうが、可愛かろうが——こいつは人殺しで。

 オレはそんな人殺しを匿っている。

 当然それは犯罪だ。たとえオレに善意があったとしても。


(いつまでも仲良くしてる場合じゃねぇだろ)


 早いところ、縁を切らなければならないのだが。

 オレは無職だ。

 あらゆる活力が失われている今、春野を追い出す気力もわかない。


 そしてどんどん、取り返しのつかない状況になっていっている。

 つくづく、無気力な自分が嫌になる。


(まぁ……明日でもいいだろ)


 いつの間にか、無気力に対しても無気力になっている。

 本当にどうしようもない奴だ、オレは。


「柳川さん。いいかげんベッドで寝てください」


 洗い物を終えた春野が、あきれたように言った。


「男にはベッドで寝れないときが——」

「私に気を遣ってるんですよね?」


 どうやらバレてしまったらしい。


「気にすんな。オレがただそうしたいだけだ」

「気にしない方が無理ですよ」


 改めて言われると、恥ずかしいものだ。

 こんな殺人女子高生にでも、オレはいちおう女として扱っているらしい。

 バカみたいな男のプライドだ。


「お前だって、いつまでも座って寝てたら身体痛くなるだろ」

「平気です。これでいいです」

「ウソつけ。毎日寝不足だろうが」


 よく春野はあくびをしている。

 マスクをしていようが、それを見逃すほどオレは鈍くない。


「でも……いいです。柳川さんのベッドは柳川さんが使ってください」


 しかし、この返答。

 いくらなんでも、素直にならなすぎる。

 安心が信用できないとは言ったが、ここまでか。


 どうしようかと考えたとき、ある妙案が浮かんだ。


「じゃあ……一緒にベッドで寝るか?」


 もちろん、ただの冗談だ。

 案の定、春野は侮蔑するような目を向けてきた。


「犯罪になりますけど?」

「もう十分犯罪なんだが……?」

「捕まってでも女子高生と添い寝したい、と」

「もういいオレが悪かった!」


 素直にならないくせに、オレの冗談には本気で返してくる。

 不思議な女子高生だと改めて思う。


「身体痛くなっても知らんぞ……」


 電気を消す。

 暗闇に包まれても、春野の気配はする。

 やはり彼女はそのまま座って寝るらしい。


 ——私に気を使ってるんですよね?


 なんてことのない一言だが、オレを刺すには十分すぎる言葉だ。

 気を遣う必要なんてないはずなのに、どこかで春野を大切にしようとしている。

 その余計な気遣いが、オレの決意を崩壊させているのに。


(早く追い出さねぇと、やばいかもな……)


 ゆっくりと睡魔がやってくる。

 そしてもう少しで意識が落ちようとしたとき——。


 急に、背中が暖かくなった。


「あ……?」


 このぬくもりを、オレは知っている。

 オレよりも少し高い体温。

 腕に抱きつかれたときの、あの暑苦しさ。


 間違いない、どう考えても。


「春野……なんのつもりだ」

「あ、起きてたんですね」


 オレの後ろで、春野のかすかな吐息が聞こえた。


「添い寝、したいんですよね?」

「だから冗談だって」

「冗談には聴こえませんでしたよ」

「決めつけんな」


 オレをからかってくる春野。

 それに本気で怒るほど、気力もない。とにかく眠い。


「くっつくな……暑いだろ……」

「真夜中に女子高生と添い寝なんて、最高ですね?」

「お前が人殺しじゃなかったならな……」


 こいつ、いったいなにを考えてんだ。

 腕に抱きついて来たのはまだわかる。

 春野本人も「逃さないため」と言っていた。


 しかし最近の彼女は、妙におかしい。

 いきなり全裸で風呂に入ってきたり、こうして添い寝をしてきたり。

 このふたつだけは、明らかに意味不明だ。

 風呂だって適当な理由でオレを脅せばいい。

 添い寝なんかする必要もまったくない。


 ——本当に、なにを考えているんだ。


(あぁ……オレたちはおかしくなってきたんだな)


 会社員時代にこれほど人といたことはない。

 同僚の人たちだって、毎日会うのは平日だけだ。

 24時間、離れることなく、ずっといることなんてなかった。


 それはオレだけじゃなくて、春野もそうなのだ。


(長い時間、オレたちは一緒に居すぎた)


 この関係は、毒だ。

 お互いのためにもならず、ただズルズルと引きずっていくだけの。


「柳川さん」


 小さな声で春野が言う。

 オレは「んだよ」と適当な返事をする。


「ありがとうございました」


 やけに改まった言い方だった。


「なにがだよ」

「なんでもありません。ただ、言いたかっただけです」

「そうかよ」


 ありがとう、か。

 なぜこんなときに感謝の言葉が出てくるのか。

 本当によくわからない女子高生だ。


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