09 息
今日も、何もない1日だった。
無職として無為に過ごした、無駄な1日。
こんな日々がこれからも続くのだろう。
人殺しの女子高生と一緒に、こうしてずっと——。
(って、なに仲良くしてんだオレは!)
瞬間に、ハッと思い出す。
(こいつを追い出すんじゃあなかったのか?)
胃袋を掴まれている場合ではない。
どんなに料理が美味かろうが、可愛かろうが——こいつは人殺しで。
オレはそんな人殺しを匿っている。
当然それは犯罪だ。たとえオレに善意があったとしても。
(いつまでも仲良くしてる場合じゃねぇだろ)
早いところ、縁を切らなければならないのだが。
オレは無職だ。
あらゆる活力が失われている今、春野を追い出す気力もわかない。
そしてどんどん、取り返しのつかない状況になっていっている。
つくづく、無気力な自分が嫌になる。
(まぁ……明日でもいいだろ)
いつの間にか、無気力に対しても無気力になっている。
本当にどうしようもない奴だ、オレは。
「柳川さん。いいかげんベッドで寝てください」
洗い物を終えた春野が、あきれたように言った。
「男にはベッドで寝れないときが——」
「私に気を遣ってるんですよね?」
どうやらバレてしまったらしい。
「気にすんな。オレがただそうしたいだけだ」
「気にしない方が無理ですよ」
改めて言われると、恥ずかしいものだ。
こんな殺人女子高生にでも、オレはいちおう女として扱っているらしい。
バカみたいな男のプライドだ。
「お前だって、いつまでも座って寝てたら身体痛くなるだろ」
「平気です。これでいいです」
「ウソつけ。毎日寝不足だろうが」
よく春野はあくびをしている。
マスクをしていようが、それを見逃すほどオレは鈍くない。
「でも……いいです。柳川さんのベッドは柳川さんが使ってください」
しかし、この返答。
いくらなんでも、素直にならなすぎる。
安心が信用できないとは言ったが、ここまでか。
どうしようかと考えたとき、ある妙案が浮かんだ。
「じゃあ……一緒にベッドで寝るか?」
もちろん、ただの冗談だ。
案の定、春野は侮蔑するような目を向けてきた。
「犯罪になりますけど?」
「もう十分犯罪なんだが……?」
「捕まってでも女子高生と添い寝したい、と」
「もういいオレが悪かった!」
素直にならないくせに、オレの冗談には本気で返してくる。
不思議な女子高生だと改めて思う。
「身体痛くなっても知らんぞ……」
電気を消す。
暗闇に包まれても、春野の気配はする。
やはり彼女はそのまま座って寝るらしい。
——私に気を使ってるんですよね?
なんてことのない一言だが、オレを刺すには十分すぎる言葉だ。
気を遣う必要なんてないはずなのに、どこかで春野を大切にしようとしている。
その余計な気遣いが、オレの決意を崩壊させているのに。
(早く追い出さねぇと、やばいかもな……)
ゆっくりと睡魔がやってくる。
そしてもう少しで意識が落ちようとしたとき——。
急に、背中が暖かくなった。
「あ……?」
このぬくもりを、オレは知っている。
オレよりも少し高い体温。
腕に抱きつかれたときの、あの暑苦しさ。
間違いない、どう考えても。
「春野……なんのつもりだ」
「あ、起きてたんですね」
オレの後ろで、春野のかすかな吐息が聞こえた。
「添い寝、したいんですよね?」
「だから冗談だって」
「冗談には聴こえませんでしたよ」
「決めつけんな」
オレをからかってくる春野。
それに本気で怒るほど、気力もない。とにかく眠い。
「くっつくな……暑いだろ……」
「真夜中に女子高生と添い寝なんて、最高ですね?」
「お前が人殺しじゃなかったならな……」
こいつ、いったいなにを考えてんだ。
腕に抱きついて来たのはまだわかる。
春野本人も「逃さないため」と言っていた。
しかし最近の彼女は、妙におかしい。
いきなり全裸で風呂に入ってきたり、こうして添い寝をしてきたり。
このふたつだけは、明らかに意味不明だ。
風呂だって適当な理由でオレを脅せばいい。
添い寝なんかする必要もまったくない。
——本当に、なにを考えているんだ。
(あぁ……オレたちはおかしくなってきたんだな)
会社員時代にこれほど人といたことはない。
同僚の人たちだって、毎日会うのは平日だけだ。
24時間、離れることなく、ずっといることなんてなかった。
それはオレだけじゃなくて、春野もそうなのだ。
(長い時間、オレたちは一緒に居すぎた)
この関係は、毒だ。
お互いのためにもならず、ただズルズルと引きずっていくだけの。
「柳川さん」
小さな声で春野が言う。
オレは「んだよ」と適当な返事をする。
「ありがとうございました」
やけに改まった言い方だった。
「なにがだよ」
「なんでもありません。ただ、言いたかっただけです」
「そうかよ」
ありがとう、か。
なぜこんなときに感謝の言葉が出てくるのか。
本当によくわからない女子高生だ。