表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脅し、脅され、女子高生。  作者: ようひ
1 異常な出会い
6/17

06 手

 結局、逃げることもできずに家に帰ってきた。

 いったい何をしているんだ、オレは。


「はぁ……疲れた……」


 携帯と財布をテーブルに投げる。

 春野はずっと、ドレスの入った紙袋を抱きかかえていた。

 紙袋はすでにくしゃくしゃになっている。


「それ、着んのか?」

「着ない服なんて買いません」

「買ったのはオレなんだが」

「ありがとーございましたぁ」

「言い方が適当すぎる」


 マスクで表情はわからないが、声は弾んでいるように聞こえた。

 いつになく上機嫌らしい。

 色々大変な目に遭ったが、まぁ。春野が嬉しそうなので良しと……、


(しねぇよ! だから同情なんてすんなよ、オレ)


 女子高生相手に、おっさんは振り回されてばかりだ。


「でも、どうして二着も買ってくれたんですか?」


 春野が不思議そうに訊いてくる。

 オレはあの黒いドレスも一緒に買っていた。

 試着はさせなかったが、偶然にもあのベージュのドレスと同じサイズだった。


「スーツは二着ぐらい買っておくもんだ」

「柳川さん、これドレスですけど……」

「いいんだよ。制服だって二着あるだろ」


 そういうものですかね、と春野。


「だけどドレスなんて普段着れるものでもないだろ。ちゃんとしたの買えよ」

「ちゃんとしたの、とは?」

「部屋着とか、パジャマとか、下着とか……」


 そう言ってからオレは気付いた。

 春野がくすくすと笑っていることに。


「ここに置いてくれる気ですね」

「……オレの服とかドレスで過ごされても困るってことだ」

「黒い方のドレス、今すぐ着てほしいですか?」

「ちげぇっての」


 オレは照れ隠しで水を飲みながらも、ベージュのドレスを着た春野を思い出した。

 やっぱり、あの時の春野は、美しかった。

 そしてあの時のオレは、認めたくないが——。


「柳川さんあの時、ドキドキしてましたよね?」

「ぶっ!?」

「顔に出てましたよ」


 飲んでいた水が変な方向に入った。


「し、してねぇよ!」

「ほら、今だって。顔が真っ赤になってます」

「そういう春野だって、顔、赤かったじゃねぇか」

「ドキドキしてましたよ、私は」

「…………」


 はっきりとそう言う春野に、オレは視線をそらした。

 こいつは警察に平気で嘘を付くような女だ。信用してはならない。


「い、いいから飯食うぞ」

「さっき食べたばかりじゃないですか?」

「腹減ったんだ。食いたい時に食う」


 オレは逃げるようにして冷蔵庫を漁った。

 食えそうな物は少なく、奥からいつ買ったかわからない玉ねぎが出てきた。


「根、伸びに伸びてますね」


 隣に立った春野は、刃物も持ってないのに、どことなく距離が近かった。

 腕に抱きつかれていた時の柔らかさを思い出してしまう。


「切れば食えるだろ」


 意識してたまるか、とオレは吐き捨てるように言った。


「雑ですね」

「男の料理なんてそんなもんだ」


 他には賞味期限ギリギリのカレー粉が出てきた。

 備蓄用のパックの白米も出てきた。


「カレーですね」

「カレーだな」

「こっちにじゃがいもありましたけど、芽、伸びに伸びてます」

「取れば食えるだろ」

「雑ですね」

「そんなもんだ」


 鍋を取り出し、水を張る。

 その間に、春野が包丁で野菜を切っていた。

 ストン、ストンと軽やかな音。


「上手いな」


 春野の包丁さばきは見事なものだった。


「やっていればこうなりますよ」


 当然と言えば当然か、笑えない。


「何事も経験だな」


 野菜を切り終え、鍋に投入し、火にかける。

 オレたちはふたり並んで、じっと台所に立っていた。


「…………」

「…………」


 会話もなく、ゆっくりと時間が流れていく。

 隣にいる春野の息遣いがはっきりと聞こえる。


「なぁ、春野」

「なんですか」

「ほんとうに、人を殺したのか」


 なにげなくオレは訊いた。

 ぼんやりと、深い意味もなく。


「殺しました」


 春野もなにげなく、そう返した。


「どうして殺したんだ」

「今日はやけに訊いてきますね」

「答えたくなかったら答えなくていい」


 オレが春野を見ると、彼女は鍋の中を見つめていた。


「どうしようもなかったんです」

「解決できなかったのか」

「殺すしか方法がなくて、しかたなく、そうしました」


 初めて触れた、彼女の内心。

 どうしようもなかった、という言葉。

 他人とのすれ違いを解決できず、そうするしかなかった結果の、殺人。


「そうか」


 わからなくはない。

 オレだって、上司を殴った。

 話し合いで解決できず、そうするしかなかった結果の、暴力。


「柳川さんは、どうして上司を殴ったんですか」


 春野がオレを見てくる。

 今度はオレが鍋の中を見つめた。

 ぽこぽこと浮かぶ水泡と一緒に、答えが浮かんでくる。

 春野が鍋を見つめていたのは、どうやらそういうことらしい。


「お前と同じだ」

「どうしようもなかった、と」

「殴るしか方法が思い浮かばなかった」


 ぐつぐつと鍋が煮え、野菜が水の中で踊りはじめる。

 春野がそれ以上訊いてくることはなかった。

 また会話が途切れる。重い雰囲気ではない。


「……本当にどうしようもない奴だな、オレたち」


 オレが上司を殴ったこと。

 春野が人を殺したこと。

 程度の差はあれ——オレたちは他人を傷つけた。

 その行為は当然、許されてはいけない。


 それでも。

 オレたちは、変えたかったのだ。

 できることならば、別の手段を使って。


「……本当に、どうしようもないですね」


 春野が菜箸で鍋をかき混ぜる。

 じゃがいもをつまむと、ほろりと崩れた。


「私たちには罰が当たりますね」


 鍋の火を止め、カレールゥを入れる。

 透明の水が少しずつ、褐色に染まっていく。


「オレはクビになった。罰はもう十分受けた。春野はこれからだろ」

「……さぁ。どうでしょうね」


 加害者は裁かれるべきだ——そうに決まっている。

 春野に訪れる罰は、まだ来ていない。

 それとも、もうすでに始まっているのか。


「できましたよ、柳川さん」

「あ、あぁ。食べようか」


 春野と作ったカレーライス。

 それは、オレが普段作るものよりも、はるかに美味かった。

 同じ材料、同じ調味料、同じ作り方なのに、どうしてだろう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ