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脅し、脅され、女子高生。  作者: ようひ
1 異常な出会い
10/17

10 髪

「好きです、柳川さん」


 朝食を食べようとしたとき、春野がそう言った。

 オレはかぶりつこうとしていたジャムトーストを置いて、一息置く。


「なんだよ、いきなり」


 好きということはつまり、オレが好きということだ。

 たとえ人殺しであろうとも、女子高生が、オレに告白をした。


 いったいどうしたんだ、お前。

 これもからかってんだろ? なぁ。


「あ、疑ってますね。私はちゃんと本気ですよ」


 冗談で言っている様子もない、真剣そのものだった。

 それでも冗談だろ、とオレは思う。


 女子高生に好きと言われるならいい。

 だが、人殺しに好きと言われて。

 喜ぶ男がいるとでも思うか?


(ふざけるのも、いい加減にしろ)


 そう思っていたはずなのに。


「実はな……オレも好きなんだ。春野のこと」


 なぜか、オレはそう返していた。


(いや、待て待て待て!)


 オレ、春野のことが好きだったのか?

 人殺しのことが、好きだったのか?


 胸に手を当てて、冷静になる。

 いや、やっぱり、みじんも思ってないんだが。

 こいつを好きだなんて、思ってないんだが。


「あはは。じゃあ、相思相愛なんですね」

「どうやらそうらしいな」

「柳川さんと一緒だなんて……嬉しいです」


 オレを差し置いて、勝手に話が進んでいく。

 マジでなに言ってんだ——と、そこでオレは気付く。


(これ、夢か)


 言葉を選べない理由に納得がいく。

 しかし、なんてクソみたいな夢だ。

 オレと春野が愛を確かめ合う、とびっきりの悪夢。


「いつから私のこと、好きでした?」


 夢の中の春野は、なんだか元気だった。

 物静かな雰囲気は薄れ、普通の女子高生のようだ。

 普段とのギャップに鳥肌が立つ感触がした。


「お前を助けると決めた時だ」


 恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ、オレ!


「ああ、あの時ですね」

「素直にはなれなかったが……でも、はっきりと、そう感じた」


 春野も春野だが、夢の中のオレも大概だ。

 クサいセリフを真面目に言うものだから、共感性羞恥がえげつない。

 頬をつねっても、痛くない。悪夢からは目覚められない。


「そういうお前はどうなんだ?」

「私ですか? もちろん同じですよ。柳川さんが助けてくれるって言った時」


 恥ずかしそうに自分の黒髪をなでながら言う春野。

 マスクをしていても、まるで表情が透けて見えるようで。

 夢の中の彼女は、そうだとわかるほどに、とても素直だった。


 そんな光景に、オレは夢の中でため息をついた。


(……夢ってのは、願望の現れらしいが)


 これがオレの願望だと? 

 笑えない。あり得ない。

 オレは春野と相思相愛でいたい、とでも?


(そんなこと、願ってるわけねぇだろ)


 バカげている。

 こんな夢、ただの悪夢だ。


「柳川さん」

「なんだ?」


 しかし、ふと思う。


「私、柳川さんとずっといたいです」


 夢の中の素直な春野に、オレはどうしてか悪い気がしない。

 むしろ、まっすぐ自分の思いを伝える彼女は、可愛らしかった。


 それは異性としてというより、父性として、といった感じで。

 この子には幸せになってほしいと願う——親のような気持ち。


(……これが、オレの本当の願望なのか?)


 夢の中でまで、オレは葛藤しているらしい。

 人殺しの女子高生をどうするか——その迷いが、現れている。


 だがしょせんは、ただの夢だ。


(別に、現実のオレはそう思っちゃいない)


 はっきりとそう思えるほどには、オレはまだ毒されてはいない。

 この関係が毒とわかった上で、毒に侵されるバカなこともしない。


 夢の中で、オレは決意を固める。


(起きたら、春野を追い出そう)


 どんなに恨まれようとも、心が痛もうとも、関係ない。

 これ以上、オレたちは一緒にいてはいけない。


 オレのためにも、春野のためにも、この歪んだ関係を、断ち切る。


「あぁ。オレもそう願っているよ」


(あぁ。オレはそう願ってんだよ)


 この夢が、現実にならないように。








「…………んぉ」


 暗闇の中で目を覚ました。

 身体を起こすと、かかっていた毛布がずれた。

 おそらく、春野がかけてくれたのだろう。


 ——春野?


「うがっ!」


 思い出したくもない夢に悶える。

 今でも思うが、なんともまぁひどい悪夢だった。


「なんであんな夢、見たかねぇ……」


 ふわぁ、とあくびをする。

 光のない、もの静かな暗闇だった。

 オレの息の音だけが、部屋の中に響いている。


「変な時間に起きちまったな」


 頭を振る。

 春野を追い出す決意は、ちゃんと心の中に残っている。


 起きたら、春野を追い出す。

 夜だろうが関係ない。

 今すぐ、春野を、人殺しの女子高生を、追い出す。


 オレは暗い部屋を見渡した。

 だたっ広い部屋はきれいに掃除されていて、ゴミひとつとして落ちていない。

 春野が愚痴をいいながらも、掃除をしてくれた、オレの部屋。


「あ?」


 もう一度、部屋を見渡した。

 なんてことはない、きれいになったオレの部屋だ。

 大学時代から今までずっと住んできた、少し小さい部屋。


 そんな部屋に——何かが足りないように感じた。


「……おい?」


 とっさに電気を付ける。

 眩しさにくらんだ目が慣れてくる。

 見渡しても、やっぱりオレの部屋だ。愛着のある、見慣れた部屋。


 それでも。

 やっぱり足りない、そう思ったものは——すぐにわかった。


 オレは毛布を握りしめながら、その名前を呼んでしまった。


「春野?」


 春野の姿は、どこにもなかった。


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