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6月2日 カリやもんは助けない

「たすけてカリやもーん!」


 お昼休み。いつだか聞いたことのある単語を口にしながら、ユリが教室まで泣きつきに来た。


「中間テスト?」

「そう!」


 私は彼女の身体を暑苦しそうに押しやりながら、かじりかけのサバサンドを机の上に置く。

 あんまり近いと、クラスマッチの時のことを思い出してしまうので、身体に障る。


 GWの大型連休のせいもあってか、今年の中間テストは少々日程が遅めになっていた。

 明日、そして土日を挟んで月曜日の合計二日間。

 部活の大会などで公休になる人は後日追試という日程だ。

 剣道部なんかはまさしく追試対象となる。


「教えてくれなんて言わないよお。せめてヤマを……ヤマをなにとぞ!」

「普通逆じゃないの?」


 ヤマなんて言わないから、せめて分からないとこ教えて――ならまだ理解できるけど。


「いやあ、それが。星のアネノートの力が今、あたしの中でアツイというか……アネノートで『ここ大事だよ』って指定されたところが、春休みの課題テストでだいたい出たと言いますか」

「つまり、貴様もこれが目的か」


 私は鞄から取り出したボロボロの教科書を、ユリの鼻先でちらつかせた。

 ユリが条件反射で飛びついたので、私はさっと頭上高く持ち上げて難を逃れる。

 いつもは名前の通り犬っぽいやつだけど、これはなんだか猫っぽい。


「昨日の夜、アヤセもメッセで泣きついてきたよ。テスト範囲だけでもコピーしてくれって」

「して、お代官様の答えは?」

「ニコちゃんマークの顔文字だけ返した」

「そんなご無体な!」


 ユリは驚いたように声をあげてから、よよよと泣き崩れた。


「このままじゃ追試が! 逃れられない運命がやってくるの! その未来を変えなきゃ、きっとまたタイムリープが!」

「毎日の積み重ねがあれば、普通に回避できる未来なんだけど」


 部活を頑張ってるのは分かるけど、家に帰ってからだって時間はあるわけで。

 それもやってない人間に二段飛ばしの秘技を授けるわけがないんだなあ。


「今夜は寝落ち通話してあげるから、自分の力で頑張んなさい」

「ほんと? 朝まで付き合ってくれるの?」

「私は日付変わる前にはベッドに入る」

「それ寝落ちって言わないよ? ただの睡眠だよ?」


 ユリの抗議は受け流して、私はアネノートを鞄に戻した。

 ヤマカンなんて、単純に彼女たちのためにならないのもあるけど。

 姉の功績が目的で、私はそのおまけ……みたいなのが悔しくって。

 だかららこれは、ちょっとした意地悪だ。


 寝落ち通話中くらいでなら、少しだけノートの叡智を授けてやらんでもない。

 ムチの後には程よくアメを与えてあげないと。


 ユリは私の机にぐでーっと突っ伏して、ぼんやりとした眼で「頑張るかあ」と自分に言い聞かせるように呟いた。


「そう言えば、今年もやるんだってねー。合コン」

「なに、ユリもそれ?」


 最近、クラスでもどこでもその話ばっかりだな。

 そんなに楽しみか、合コン。

 むしろ、私が興味なさすぎるだけなのかもしれないけれど。


 広義的に合コンとは、決まった相手がいなくって、しかも気になる相手もいない人間が嬉々として参加するものである。

 であるならば、私はその対象に入っていないので、さほど興味がないのも頷ける。


「去年は用事があって参加できなかったからさー。今年は出てみようかなーって」


 そう語る彼女の言葉には、明確な期待が込められているわけではなくって。

 なんか楽しそうだなーという、ゆるい興味が混じっているだけ。


 でも、先ほどの定義を考えてみよう。

 広義的に合コンとは、決まった相手がいなくって、しかも気になる相手もいない人間が嬉々として参加するものである。

 であるならば……ユリは今、がっちりそれに当てはまっているのでは?


「どうかな……出ても、あんまり楽しくないかもしれないよ」

「えー、それ生徒会長が言う?」


 とってつけたような自虐マーケティングは、彼女に軽く鼻で笑われてしまった。

 ついさっきまで、合コン企画なんてめんどくさいだけで、とにかく無事に開催できて終わればなあなんて思っていただけだったけど、ユリが出るというなら話が変わってくる。


 告白、そして撃沈。

 その傷心を乗り越えた(と思う)先に、新しい出会いと恋が芽生えたりなんだりしちゃったりして……それだけはいけない。

 断固として阻止しなければ。


「つまり、私も出ればいいのか」


 すごく単純にして明快な答えだった。

 真実はいつもひとつ。


「あれ、生徒会長って当たり前に出るもんじゃなかったの?」

「え……そうなの?」

「いや、わかんないけど。去年とかそうだったじゃん」


 あれはなんか、そういうのとは違う気がするけど。

 あのふたりだったら、自分たちの人気を知ったうえで、自らを客寄せパンダにすることも辞さないだろう。

 先代生徒会は、そういう食えない奴らの集まりだ。

 そもそも自分のことをいけしゃあしゃあと眼鏡美少女なんて言うやつだぞ。


 家にいるうちに、ほんとに一回くらい眼鏡叩き割ってやれば良かったかな。

 そのまま「美少女」も取れるくらいに、マウントポジションでぶん殴ってやりたい。

 いや、しないけど。


「なんでもいいけど、ユリが出るなら私も出ようかな」

「ほんと? よーし、一緒にいいオンナ捕まえようZE☆」

「そういう不純な合コンじゃないんだってば」

「あいたっ!」


 イケメンフェイスを決めた彼女のおでこを、デコピン一発で諫めてやる。

 ユリは額を抑えて涙ぐんだ。


「えっ? ねえ、おでこに穴空いてない? もしくはへこんでない?」

「んなわけないでしょ。ちょっと赤くはなってるけど」


 なんか、クラスマッチで握力意識したおかげか、デコピンの威力が上がってるような気がする。

 気のせいかな。

 ためしに空中で素振り(?)してみると、ドシュッドシュッと、そんな効果音が合いそうな鋭いデコピンが繰り出された。

 ちょっと気持ちいい。


「星がいつの間にか魔弾の射手に……」

「勝手に中二病的なふたつ名つけないでくれる?」

「やめてっ、銃口をこっちに向けないでっ」


 もう一度ユリに向けてデコピンを構えると、彼女は額を手でガードしながらうずくまった。

 なんかよくわかんないけど、武器を手に入れたな。

 ありがとう部長さん。

 頭の中で、あの真っ白い歯がきらりと光ったような気がした。


「とりあえず、今夜は勉強頑張ること。いい?」

「はーい、がんばりますう」


 返事があったのを見届けて、私はユリの頭をぽんぽんと撫でてあげた。

 とりあえず今日のところは、寝落ち通話の約束を取り付けられただけでも許してあげよう。

 ついでに、可哀そうだしアヤセのやつも誘ってやるか。

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