2月19日 断る勇気
寒い日には、温かいぜんざいの一杯がしみる。
あんの甘さは控えめで、小豆の自然な甘味に任せているのがいい。
具は、つるりとした白玉でもいいけれど、温かいぜんざいなら断然、こんがり焼いた餅だ。
飴っぽい市販の切り餅じゃなくって、もち米一〇〇%のやつ。
それを全部満たしてくれるからこそ、アヤセの実家は貴重なのだ。
「あと何回、この味を楽しめることか」
「んな、老後の楽しみじゃねぇんだから」
和装でお手伝いモードのアヤセが、空になった私のお椀を取り上げて、代わりにアツアツの湯呑を差し出す。
ありがたくいただこうと手を伸ばすと、予想外に熱くって思わず耳たぶを掴む。
「熱すぎ。私、これだから湯呑苦手なんだよね……」
マメの痕でガチガチの手のひらと違って、指の先の皮が薄いんだろうか。
レンジで暖め過ぎたときの皿とかも、布巾やミトンを解さないと持てない。
土鍋の蓋とかも、熱くなるタイプとならないタイプがあってトラップだよね。
「持てないくらいアツアツの湯飲みが冷めるまで、ゆっくり語らってくださいって店の配慮だろーが。ありがたく受け取れ」
「うーん、ものは言いよう」
まあいい。
どうせ今日は、もう少し居座るつもりだし。
私の小言を聞き流しながら、アヤセは向かいに座るユリの前にも、同様の湯呑を置いた。
「ありがとー、熱っ!」
「今、目の前で散々『熱い熱い』って話してたでしょ」
「あれ、そうだっけ?」
耳たぶを掴みながら、ユリが苦笑する。
アヤセはもう一個余分に湯呑を置くと、隣の席から椅子をひとつ引っ張って来て、自分がどっかりと腰を下ろした。
「仕事中でしょ。いいの?」
「今、ヒマだからいいの。どうせバイト代だって出ねーんだから」
やさぐれたように語る彼女は、頬杖をついてユリを見つめる。
「で、結局、昨日はどうなったん? 報告のために集まったんだろ?」
「うーん……」
ユリは、しどろもどろとしながら口元をもごもごさせた。
私は熱くて持てない湯呑の代わりに、お冷に口をつける。
「結論から言えば、改めて告白されたから、ちゃんと返事をしたよ」
「それはフッたってことか?」
アヤセの言葉に、ユリが小さく頷く。
「そっか。おつかれさん」
「うーん、でも、この後どうしたらいいのかな?」
「どうしたらっつーと?」
「そういうことにはなったけど、友達じゃなくなるのは嫌だなとか……どうやったらそうできるのか分からないなとか……」
唇を尖らせて言うユリは、ふーふー冷ましながらお茶を啜る。
いい感じに冷めたのかと私も湯呑に触れてみるけど、ちょっとまだ持てなさそうだった。
「どうやったらって、私で経験してるじゃん」
「星とはまたなんか違うんだよぉ」
その微妙な心の機微は私には分からないし、そもそも何をそんなに悩んでいるのかも分からない。
「ぶっちゃけその、告白するのはいいけど、告白されるのは怖いっていうのがまず分からない」
「ええ……みんなは違うの?」
「みんなって言いながら私だけを見るのやめろよな」
矛先に立ったアヤセは、小さく咳ばらいをしてから視線を泳がせる。
「私は告白の経験はないから何とも言えんけど……告白されるぶんにはまあ、『ありがとう』って感じだけどな」
「断ったあとも仲良しできてるの?」
「うーん……元々そこまで近しい関係じゃない相手ばっかりだったしなぁ。あっちの方から自然と距離を取られるっていうか」
「アヤセは、憧れの延長で好かれるタイプでしょ」
「ほほう、訳知り顔で言うじゃないの」
正論を言ったはずが、怖い笑顔で返されてしまった。
すごく不服。
一方のユリはというと、ずいぶん落ち込んだ様子でがっくりうなだれていた。
「距離取られるとか、あたし耐えられない……」
アヤセの例と比べたら、相手との距離感が違うか。
思えば受験の時から始まった縁だもんね。
きっと宍戸さんは、あの時からずっと――
今、彼女が何をしているのか気になった。
フラれる側の気持ちは私もよく分かるから。
でも、SOSのないところに助け舟を出すのは、お節介以外の何物でもない。
対して、仮にお節介をするのなら、その役目を担うのは私ではないはずだ。
「告白するのはね、断られてもあたしが気持ちを切り替えればいいだけだからいいの」
ユリが、ぽつんと呟く。
「でもあたしが断る側になるのはね、自分から繋がりを切っちゃうみたいで……だから嫌なの」
分かるような、分からないような。
それでいてどこか釈然としないのは、私の心が狭いからなんだろうか。
分かってあげたいのは山々なのに。
「……大丈夫だよ。現にこうして、私とはちゃんと繋がってられるんだから」
「うん……」
精一杯元気づけたつもりだったけど、彼女の心にはあまり響かなかったようだ。
心と言えば……そう言えば、今日は心炉がいないな。
「心炉も昨日のことはしってるわけだし、心配してるんじゃないかな。呼ばなくて良かったの?」
「心炉ちゃんには、昨日のうちに報告したよ。でも、ふたりには直接話したかったから」
「そう」
なら、いいのかな。
それにしても、クラスマッチからこっち、ユリと心炉はずいぶん仲良くなったような気がする。
今まではなんとなく、互いに「友達の友達」って感じの距離感だったから、良いことなんだろうなと思う。
「気休めにしかならんかもしれんけど、私も大丈夫だって思うわ。歌尾のやつ、なんか変わったっつーか……成長した? すげー上から目線だけど」
「そうかな……うん。そうだと良いな」
アヤセの後押しもあってか、ユリはようやく顔をあげて、少しだけ笑顔を浮かべた。
告白の返事ひとつでこんなに悩むなんて、普段のユリからは考えられないくらいに繊細っていうか……そういうのを目の当たりにすると、同じように告白してしまった自分が、なんだか悪いことをしてしまったような気分になる。
なんで言っちゃうの――あの日のユリの言葉が耳の奥底で蘇った。
あの時も彼女は、私との縁が切れてしまう覚悟で返事をしたのだろうか。
今それを聞く勇気は、私にはなかった。




