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2月17日 煮え切らない

 朝、生徒会室に登校したら、ユリと心炉が先に来ていた。

 ふたりは、長テーブルに向かい合って座って何やら神妙な面持ちで言葉を交わしている。

 扉がいたことでこちらに気づくと、ちょっぴり驚いたような顔を浮かべてから「おはよう」と朝の挨拶を口にする。


「おはよう。何話してたの?」

「いや、うーん」


 世間話程度のつもりで尋ねると、ユリに思いっきり渋い顔をされてしまった。

 思いがけない反応に、こっちも面食らって固まってしまう。

 何か、悪いこと聞いたかな……私がいたらマズイような話とか。

 それこそ私の話……?


「星さんなら相談してもいいんじゃないですか?」


 私の戸惑いを汲んでくれたのか、心炉がそんなことを言う。

 話題が何なのかはわからないけど、


「私が聞いても大丈夫なことなんだ」とわかっただけでも、いくらか気持ちが軽くなった。

「相談ってほどのことでもないんだけどね」


 ユリは、それでももったいぶるように唸る。


「めちゃくちゃ興味があって聞いたわけじゃないから、無理はしなくていいけど」


 本音を言えばめちゃくちゃ興味はあるけど。

 ユリは、もひとつおまけに唸ってから、えいやと思い切るように会話の口火を切った。


「明日、歌尾ちゃんと会う約束してるんだよね」


 ああ、なるほど……みなまで言わずとも状況は察した。

 穂波ちゃんが背中を押せたのか、宍戸さんが自分で覚悟を決めたのかはわからないけど、とにかく前に進むことを選んだんだ。

 私の立場からすればきっと、喜ぶべきことなんだろう。

 意地を張った甲斐があったと。


「約束したってことは、ユリも答えを出すことにしたの?」

「え? うーん……そうだよねぇ」

「煮え切らないじゃん」


 何のことか直接口に出さなくたってわかる。

 宍戸さんがユリに好意を持っていることは、ユリ自身も気づいていることなんだから、改めて会う約束を取り付けるっていうのは、そういうことだ。


「どうしたらいいのかなって思って」

「それは、ОKするかどうかってこと?」

「そういうわけじゃないんだけどね……」


 珍しく弱気なトーンで、ユリが机に突っ伏す。


「なんだろうね。先輩の気持ちが分かった気がするよ」

「気持ちって……」


 この場合の「先輩」は、続先輩のことだろう。

 ユリもまた告白の返事を半ば保留されたまま、最後の最後に卒業式でようやく決着がついた。

 事情を知らない心炉は、眉をひそめて首をかしげる。


「自分から告白するのならまだしも、返事をする側が何をそんなに迷うことがあるのかって、さっきから話をしていたんです」

「心炉、それはそれでデリカシーがなさそう」

「がーん!」


 お、久しぶりに出たね。

 とはいえ、心炉の意見にも半分は同意できる。

 私は先輩に返事を強いた側だから。

 そして、ユリに告白するために散々頭を悩ませた側だから。

 告白で悩むならまだしも、返事くらいサクッと――という気持ちは、大いに共感できる。


 けど、ユリは大げさなくらいに「えー!」と声を荒げて、首をぶるぶる横に振った。


「好きなものを好きっていう方が簡単だよ」


 それが理解できない私たちは、顔を見合わせて何とも言えない表情を浮かべるしかない。

 これは、人間性の違いによるものなんだろうか。

 確かに性格的なところで言えば、私と心炉はとっても近くて、ユリは一八〇度どころか、一周回って五四〇度違うんだろうけど。


 ただ、すごく個人的な感情として、「煮え切らないユリ」っていうのを見るのはどうにも我慢がならない。


「私のことは即決だったのに」

「あう……」


 思わず口から滑ったというか、自分でも「あ、やっちゃったかも」と肝が冷える。

 心炉もぎょっとして、なんか怒ったような顔で私のことを睨みつけているし。

 ユリもしょぼしょぼとした顔で萎れていってしまった。


「で、でも、言われてみればそうですね。星さんのことはそんなにダメだったんですか」

「うぐっ……」


 心炉……それ、フォローになってないし、私の胸に何かグサグサ刺さる。


「そ、そういうわけじゃないんだよ」


 ユリも慌てた様子で、身振り手振り誤解を訴える。


「ほ、ほんとだよ?」

「うん……うん」


 誰かが何かを言っているのに、何とか頷き返すのが精いっぱい。

 私にとっちゃ、本当かどうかなんて些細なことだ。

 何をどうフォローされたって事実は変わらないんだもの。


「でも、引き伸ばすのはよくないと思うよ。ユリだって同じ側だったんだからわかるでしょ」

「それもそうだよね……うん、あたし、覚悟決める」


 どこか頼りないけど、ユリははっきりと頷いた。


「なんなら、どこかで見守ってましょうか?」

「心炉、なんか今日、全部から回ってるね」

「が……う……ぐぬぬ」


 ショックをこらえるように唸る心炉だったが、ユリは「それもありかも」みたいな顔で目を見開く。


「いや、いかないよ。言っちゃダメでしょ」


 宍戸さんのことも思えば、ふたりきりにしてあげるべきだ。

 仮にユリがどんな決断をしたとしても、私たちはその結果を受け入れる。


「でも、ほんとに遠くからでもいいんだけど……見切れるくらい離れたとこでも」


 ユリはずいぶんと心細いらしく、半分駄々をこねるようにそんなことを言う。

 改めてムリだって言うのは簡単だけど――そう思ったところで、スマホが鈍い音を立てた。


「あれ、穂波ちゃんからメッセだ」


 ――明日、ちょっとだけ時間もらえませんか?


 すごく狙いすましたようなタイミングで、思わず辺りを見渡す。

 ドアの向こうにも意識を巡らせてみるけど……どうやら本当に偶然のようだ。


 まあ、いい口実ができたと思って、私はその画面をユリに見せる。


「こういうことだから」

「ええ……じゃあ、心炉ちゃんだけでも」

「星さんが行かないなら、私も行きませんよ……」


 結局、それで話はまとまった。

 ユリは宍戸さんと会い、私は穂波ちゃんと会う。

 それがこの週末の私たちの予定である。

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