11月26日 YURI’Sキッチン 2nd season
「今日は、みんな大好きハンバーグを作っていきたいと思います!」
ウチのアイランドキッチンに立ったユリは、これから料理番組でもはじめるかのような身振りで、ハキハキとそう宣言した。
「お肉は牛豚の合いびき肉で、ちょっと大きめの四人分四八○グラム。計量が面倒なので四九○グラムくらいで売ってたパックをそのまま使います」
どーんと登場したお肉のパックは、なかなかの迫力だった。
ほぼ五○○グラムって考えたら結構な量だ。
「お肉は必ず常温まで戻します。こねる時にまとまりやすいし、火も均一に通るので」
「冷えてるとだめなの?」
「芯だけ火の通りが悪くって、外側カリカリになるまで焼くはめになっちゃったりするんだよねー。まあ捏ねる時はいいけど、せめて焼くときは常温に戻してからかな」
調理実習とかで作るハンバーグが、外側カリカリになるのはそのせいか。
仕方ないとはいえ、直前まで冷蔵庫にひき肉入れっぱなしだしね。
「じゃあ、あたしは玉ねぎ刻んでるから、牛乳とパン粉計って混ぜといてくれる?」
「OK」
言われた通りに、必要な分の牛乳とパン粉を計って、浸すように混ぜ合わせておく。
これだけ見ると、ちょっと見てくれはよくない。
「パン粉を入れるとね、肉汁が逃げ出さなくって、ジュンジュワーってなるんだ。入れ過ぎると魚肉ソーセージみたいな食感になっちゃうけど」
「それれは美味しくなさそう……」
魚肉ソーセージ自体は好きだけど、ハンバーグでその食感はちょっと。
個人的には豆腐ハンバーグとかもそんなに好きじゃない。
無理にハンバーグ風にして食べなくっても、豆腐はもっと美味しい食べ方があるじゃないかって思ってしまう。
「さて、じゃあ混ぜ混ぜしてくけど……その前に星、ちょっと手貸して?」
訳も分からないまま手を差し出すと、ユリは私の手を取って、ぎゅっと包み込むように握りしめた。
「な、なに……?」
カイロみたいに温かい彼女の手に包まれて、ほんのり血流がよくなって行くのを感じると、突然ぱっと手を放される。
「混ぜるのはあたしがした方が良いね!」
「どうして?」
「あたしの方が手温かいから!」
「ああ」
手の温度を確かめてたのね。
それならそうと言ってくれたら良いのに。
というか、万年末端冷え性の私が健康優良児のユリより温かいわけがない。
そう言う意味では、単なる握られ得ではあったけど。
「じゃあ、星はタマゴ割っといてもらって……あ、タマゴ冷蔵庫から出しとくの忘れた!」
「急ぎならレンチンで良いんじゃない?」
「うーん、ちょっとなら大丈夫か。爆発させないでね!」
そりゃまあもちろん。
小学校のころ、よく卵をレンジで爆発させる動画とか見てたな……なんか、あのくらいの時期って、派手に何かが壊れるところを見るのとか好きだったな。
メントスコーラとか、定番も定番のネタで笑っていられた思い出だ。
井上陽水の曲に乗せるには、ちょっと俗っぽすぎるけど。
「いいよ。ぬるくなったと思う」
「おっけー。じゃあ、入れちゃって」
私が十秒刻みにレンジとにらめっこしている間に、ボウルの中の引き肉はすっかり肉ダネになっていた。
私がその中にタマゴを流し入れると、ユリはさらに丁寧に混ぜ込んでいく。
「なんかこれ、ずっと見てられる」
「え、そーお?」
にっちゃにっちゃと、不定形な肉ダネがユリの手にもてあそばれて捏ねられていく。
何だろう……ホームベーカリーとか、あと餅つき機とか眺めてるような気分。
なんかこういうのって、頭を空っぽにしてずっと見ていられる。
頭空っぽって意味では、さっきの爆発動画と同じなのかもしれない。
何も考えたくない。
ただ身を委ねていたい。
「よーし、じゃあ丸めよっか」
程よく捏ねられたところで、ようやく私の仕事が戻って来た。
丸めるくらいなら、流石に私だってできるぞ。
「あれ、そんなに小さくするの?」
気合を入れて袖を少しまくったところで、ユリの手の中の肉ダネを見つめる。
結構な量があるはずだけど、ユリが作ったひとり分のハンバーグは、カフェとかのお洒落盛りくらいのサイズ感だった。
「おっきいハンバーグもロマンがあるけど、ちっちゃい方が焼きやすいからね。あと――」
勿体ぶって、ユリは台所の片隅に置いておいた、緑色の果実を取り上げる。
「半分はハンバーグで、半分はピーマンに詰めようかなって」
「なにそれ天才すぎる……」
ピーマン好きな身としては、全部肉詰めにしてくれても良いんだけど。
でもまあ、ユリ的な食卓の彩りというか、味変思考なんだろう。
確かにお皿に普通のハンバーグと、肉詰めピーマンとが並んでいるところを想像したら、ちょっぴりお得感があるような気がする。
「ところで、付け合わせどうしよっか?」
「ピーマン余るなら無限ピーマン食べたい」
「むげピかぁ。ツナ缶あったっけ?」
「ツナはどうだったかな……サバ缶ならあるかも」
「サバ缶むげピ……やったことないけど、美味しいことは美味しそうかも?」
「私もやったことないから、試してみようか」
お魚の缶詰同士だし、マズいってことはないだろう。
無限ピーマンなら私も作れるし、ユリがハンバーグを焼いてる間に準備しよう。
そうして――お夕飯の時間には、簡単に作った大根の味噌汁と常備菜のお漬物も添えて、素敵なディナープレートが完成していた。
「星ちゃんもすっかり料理好きになって……」
「こうやって、娘はふたりとも巣立っていくんだなあ……」
食卓に並んだご飯を前にして、両親が感極まった様子で微笑んでいた。
なんだか気持ち悪かったので、私はさっさと手を合わせて「いただきます」を言う。
「もともと料理できないわけじゃないし。面倒だから極力したくないだけだし」
「またそんなこと言って……大学受かったら、引っ越すまでみっちり教えてあげるから」
「うえ……」
なんだそれ。
勘弁してほしい。
「いいよ……そん時はユリに習うから」
「え、あたし? うん、いーよー?」
ユリはきょとんとしながら、自分の分のハンバーグをもっちゃもっちゃと咀嚼していた。
普通ならはしたないって思うのに、どこか可愛く見えてしまうのは惚れた弱みってやつだろう。
「そう言えば星、最近何かやってる?」
「え……何かって何?」
なんだその漠然とした質問は。
流石に答えようがなくって、聞かれたまんま聞き返してしまう。
「えー、なんだろ。星だから……剣道でも始めたのか、もしくはまたギターとか?」
ぎょっとして、心臓が飛び出すかと思った。
ピーマンの苦みと一緒に不安をのみ込んで、どうにか平静を保つ。
「……なんで、そんなこと思ったの?」
「さっき握手した時に、手の皮カチカチになってたから」
なんだそりゃ。
もしかして、工藤○一?
そもそもそれってシャーロック・ホームズのネタだっけ?
高校生探偵の方の漫画しか読んだことないけど……。
「そう言えば、前に息抜きとか言って弾いてたけど」
母親がぽつりと溢す。
思わぬところから伏兵だ。
そう言えば、前に一回見られてたっけ……。
「でも、今やってないでしょ……?」
「新しいカチカチの感じだったけどなあ」
そんなことまで分かんの?
ユリの口ぶりは追及したり責めたりしてるというよりは、単純な興味と答え合わせをしたいだけのように聞こえた。
このままはぐらかせばそれで終わりのような気もするけど……もしかしてバラすなら今がチャンスなのでは?
そもそもユリはクリコンに来れないわけだし。
もう隠しておく必要も――
「息抜きは必要だと思うが、節度は考えなさい。星のことだから心配はしていないが、生涯に関わる大事な時期なんだから」
覚悟を決めかけたところで、父親のドストレートな言葉が胸に響いた。
正論過ぎてぐうの音も出ない。
「大丈夫だよ」
この場ではそう答えるしかなかった。
それ以外の答えは求められていないというか、面倒なことになるだけだと思った。
「お姉ちゃんだって受かったんだから」
私はそう言って、目の前のハンバーグを味わうことに集中した。
姉を出しておけば、とりあえず話は丸く収まる。
面倒を回避するその時ばかり、私は心を無心にして、あの姉の妹であることを笠に着る。




