第九十四話 そこに居たのは (アイフォード視点)
「アイフォード、貴様はこの屋敷から追い出すことになった。これからは騎士として生きよ」
「……は?」
突然その発表を俺が与えられたのは、あの日から数日がたった突然のことだった。
それはかつての俺であれば歓喜しただろう宣言。
今まで俺は常に解放されることを望んでいたのだから。
……しかし、その時の俺は喜ぶことはできなかった。
その時俺の胸にまず浮かんだのは、マーシェルの存在だった。
今俺がこの場所からされば、一人虐げられる立場となるマーシェルは一体どうなるのか。
そんな考えが俺の頭によぎり、俺はうつむき唇を噛みしめる。
どうして今なのだと。
そんな俺の様子を見て、勘違いしたいのか嘲笑を浮かべた。
「そんなに嬉しいか。追い出されて喜ぶとは、貴様はつくづく負け犬だな」
その言葉に反応し、呆然と顔を上げた俺を一瞥し、父は続ける。
「あの小娘に感謝するのだな」
それだけ言うと、父はあっさりと俺の前からさった。
しかし、父の姿がなくなってもしばらくの間俺は動けなかった。
……どうしようもない危機感を感じていたが故に。
一体なにが起きたのか、俺は一切できていない。
ただ、それでも俺はあることだけは気づいていた。
即ち、マーシェルは間違いなく今回の件に関わっているだろうことを。
「俺、は……」
自分が取り返しのつかない何かを行ったのではないか、そんなことに俺が気づいたのはその時だった。
自分の顔から血の気が引いていくのを感じながら、次の瞬間俺はマーシェルを探して、走り出していた。
しかし、俺の焦る内心をあざ笑うように、マーシェルの姿を見つけることはできなかった。
いつもの場所、普段マーシェルが行る場所、はてにはクリスの部屋。
……その全てを回っても、俺はマーシェルの姿を見つけることができなかった。
呆然とした状態で、俺が最後に足を運んだのは、父の書斎だった。
本来なら、そこはマーシェルが足を踏み入れることさえ禁じられた部屋。
けれど、もうそこ以外探せる場所はなかった。
「……について、本当にありがとうござました」
そしてマーシェルの声が聞こえてきたのは、父の書斎が近づいてきたその時だった。
その声に、俺は反射的に走りだそうとする。
……しかし、次に響いた声が、俺の行動を止めた。
「気にするな。今回の件に関しては私にも得しかないのだからな」
信じられない思いでその言葉を聞いていた俺は、少ししてようやくゆっくりと歩き出す。
誰にも足音が気取られないようゆっくりと。
それから、書斎の方へとのぞき込んだ俺の目に入ってきたのは、扉の前で談笑する二人。
「さすが若年ながら、伯爵家の社交を担っているだけの交渉上手だな」
「……恐縮です」
俯くマーシェルと──そんな彼女に対して、機嫌の良さを隠さず話す父の姿だった。




