第九十話 失ったもの (アイフォード視点)
「本当にあのぼんくら当主もどうしようもないな。あの状況の侯爵家を維持できる人間なんて、コルクス様位なのにな」
アルバスがそう笑いを漏らしたのは、そんな時だった。
その目には隠す気のないクリスへの怒りが滲んでいて、俺は苦笑する。
まあ、アルバスがクリスへと怒りを抱くのも当然の話だろう。
クリスはマーシェルを虐げ、コルクスの献身を無視した馬鹿当主以外の何者でもなくて。
それでも、コルクスがまだ見捨てていないが故に、アルバスはクリスのために働くことを強いられたのだから。
さぞ不満がたまっていただろうアルバスからすると、笑わずにはいられない状況に違いない。
……しかし、アルバスがそう笑みを浮かべていられたのは少しの間だった。
「とはいえ、コルクス様も何の手回しもせずに飛び出したからな」
その言葉に、俺もまた顔をしかめることになった。
高位の貴族や使用人の中には、コルクスを慕う人間は多い。
しかし、後ろ冷たい事情を持つ貴族にとってはコルクスは恨みの対象なのだ。
「あの爺さん、ほんとに自分のことになると無頓着だな」
その姿に、俺はどうしようもなくマーシェルを思い出してしまう。
そんな想像に、もう俺の中に放置という選択肢はなかった。
ため息を吐きながら、俺は告げる。
「取り合えず、俺が使用人としてコルクスを雇うか」
「……本気か?」
「ああ。騎士団長就任は無期限延期したが、それでも候補の一人だ。よほどの貴族じゃなければ、手出しはしてこないだろうさ」
「……あの無茶な権限行使のやつか」
それだけで俺はアルバスが何を言ってるか理解できた。
つまり、ウルガとの一件で強引に権限を使ったことを言ってるのだろうと。
そして、それは正解だった。
そう、騎士団長就任無期限延期、それはウルガの一件で俺が与えられた罰則だった。
というのも、あの時点で俺はまだ騎士団長への就任が決まっていただけで、正式に就任した訳ではなかった。
にも関わらず権限を強引に行使したことは、騎士団長として許されることではなかった。
その結果、事実上俺の騎士団長就任は、未定になったのだ。
「さすがにお前も知っていたか。まあ、あの時のことに後悔はないさ」
そう俺は何の躊躇もなく告げる。
それは、俺の心からの本心だった。
「恩人を守れるように得た身分だ。恩人を救うために失ったなら何の後悔もないさ」
そう、何せマーシェルを救えたのだから。
故に一切の躊躇もなくそう答えた俺に、アルバスは少しの間無言となる。
しかし、数秒して口を開いた。
「……それを聞いて安心したよ。動いていて正解だったらしい」
「は?」
まるで脈絡のないアルバスの発言に、俺は思わず眉をひそめる。
アルバスが何かを投げてきたのは、その時だった。
「っ!」
「苦労したんだ、感謝しろよ」
とっさに何とかそれを受け取った俺に、アルバスはそう告げる。
何事かと俺は苛立ちを覚えながら、手のひらを開き。
「……は?」
──そこで輝く、かつて回収されたはずの騎士団長の記章を目にし、絶句することになった。
「喜べ、お前の就任無期限延期は撤回されたぞ」
 




