第八十七話 事後処理(アイフォード視点)
クリスを置き去りにし、客間を後にした俺は足早に自室へと向かっていた。
あそこまで言ったのだ。
これ以上、クリスが暴走するとは思えない。
それよりも俺には、もっと気になることがあった。
「……マーシェルはいるよな?」
それはマーシェルの存在だった。
実のところ、俺はクリスがやってくることを事前に知っていた。
そしてそのことを知ってすぐ、俺はネリアへとあることを命じていた。
即ち、マーシェルをすぐに見つけて俺の部屋に向かうよう命じておいて欲しいと。
それは、ウルガに対してマーシェルが暴走していたことを踏まえてのものだった。
あの時は気付かぬうちにマーシェルはウルガと接触し、行動に出ていた。
だから今回こそは、マーシェルがクリスに出くわすことのないようにと俺は手を打ったのだ。
「いない、だと?」
……しかし、自室に入った俺はすぐに自身の目論見が崩れ去ったことを悟った。
自室には、誰の姿もありはしなかった。
それを確認し、俺の顔から血の気が引く。
なぜ、マーシェルが未だここにいないのかは分からない。
ただ、未だクリスがいる状況でマーシェルの行方が分からないというのはあまりにも致命的だった。
「……早く、クリスを屋敷から追い出さないと」
せめて、今から接触しないように手を打たなくてはならない。
そう判断し、俺は振り返る。
そして、ある人物がゆっくりとこちらに向かっているのに俺が気づいたのはその時だった。
俺が見ていることに気づいたその人は、俺に向かって手をひらひらと振りながら告げる。
「安心しろ。クリスなら、使用人に言って引き上げさせておいた」
その手際に、俺は居心地の悪さを感じながらその人間……かつての侯爵家執事で、現王宮使用人である友人の名を呼ぶ。
「……アルバス」
「お前、感情的になりすぎて俺の存在を忘れてただろう?」
そう皮肉げに笑いかけてくるアルバスに、俺は苦虫を噛み潰したような表情で顔を逸らす。
相変わらず人の内心を見透かすその鋭さに、俺は内心渋面を作る。
そんな俺へと、アルバスはさらに続ける。
「そんなにマーシェル様のことを気にかけるなら、もう少し周囲に目をやれよ」
毒のある言葉に、俺の顔がさらに渋さを増す。
いつもなら俺も、言葉を返していただろう。
しかし、今回は俺は必要以上に言い返すことはなかった。
「……悪かった」
素直に俺はアルバスにそう言葉を返す。
今回に関しては確かに、俺に非があった。
そしてそれよりも何より、今回は俺はアルバスに逆らえない理由が存在した。
何せ、クリスの襲来を俺に教え──そして、マーシェルが公爵家にいると思わせるような資料を作成した今回の功労者こそ、目の前のアルバスなのだから。




