第八十一話 守る意味の有無
私の想像通り、アイフォードが選んだ客間は以前と同じ場所だった。
……私の部屋から一番遠い客間。
それは、前と同じく隠し通路から会話を聞くことができることを示していた。
そして私に、躊躇はありはしなかった。
あの日と同じ隠し通路。
その中へと進んでいきながら、私は恐怖を隠すことができなかった。
いや、私の胸にあるのは恐怖を越えた絶望だった。
確かに、アイフォードは優しい。
私に怒りを抱きながら、それでも見捨てられないほどに。
しかし、それはあくまで私に居場所がないという状況だったから故のことでしかない。
……そう、クリスが私のことを迎えにきた今、アイフォードが私を守る理由はもうないのだ。
そのことを理解しているが故に、私は自身の身体の震えを止めることができなかった。
意識を向けた耳から聞こえるのは、嫌になるほど大きな自分の胸の鼓動。
「こうして面と向かって話すのも久々だな」
部屋の中から、クリスの声が聞こえてきたのはそんな時だった。
「だが、私にはお前と昔話をするつもりなどはない。端的に聞こう。お前は私がここにきた理由をなんだと思っている?」
「そんなのわざわざ確認する必要があるのか?」
隠しきれない緊張が滲む声に対し、アイフォードの口調はいつも通りだった。
その口調のまま、アイフォードは淡々と告げる。
「ある人間の行方。それを探してるんでしょう、兄上?」
アイフォードがその人間の名前を言うことはなかった。
……しかし、もうそれだけで十分だった。
「やはり貴様は心当たりがあるのだな!」
次の瞬間、声を上げたクリスの口調には隠しきれない興奮が滲んでいた。
「やはり、私の予想は当たっていたのか! ウルガがこの屋敷にきたように、あいつもここに訪れていたんだな!」
嬉々と叫ぶクリス。
その声と対照的に私は自身の目の前がどんどんと真っ暗になるような錯覚を覚えていた。
そんな状況の中、私の頭にかつてアイフォードが告げた言葉が蘇る。
──そんなやつでも侯爵家当主だ。お前程度の理由で反抗する訳にはいかなくてね。
それはかつてアイフォードがウルガへと言い放った言葉。
そうだ。
アイフォードはあの美貌を持ったウルガさえ、そう言って侯爵家に差し出したのだ。
私のような人間を庇う訳がない。
そう呆然とする私の耳に、クリスの興奮を隠せない声が響く。
「さあ、教えろ。マーシェルはどこにいる? お前は、その居場所を知っているんだろう?」
そのクリスの質問にアイフォードはすぐに答えなかった。
そんな何時間にも感じる数秒の後、アイフォードが口を開く。
「ああ、知ってる。分かった。──俺がマーシェルの居場所を教えてやるよ」




