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第八十話 気づいた感情

 その姿を目にしたとき、私の心にあふれ出したのは恐怖だった。

 柱の陰に座りこみながら、私は必死に祈る。


 ……どうか、アイフォードがやってきませんように、と。


 しかし、その私の祈りが通じることはなかった。

 奥の方から、硬質な足音が響いてくる。


「何だ? 一体誰……兄上?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は身体から力が抜けるような感覚を味わっていた。

 呆然とする私に気づくこともなく、クリスとアイフォードは会話をし始める。


「久しぶりだな」


「ええ、兄上も」


「……その割には驚いていないようだが」


「あのウルガという女が職場に乗り込んできた時点でいつかこの日がくることくらい想像がついていましたよ。わざわざ俺の逃げられない王宮に乗り込んでくる性悪さには、正直うんざりしましたね」


 心からの嫌悪を隠すこともなく、アイフォードはそう吐き捨てる。


「兄上も随分な女に入れ込んでいたものですね」


「……そうか」


 そのアイフォードの言葉に、クリスの言葉がワントーン下がる。

 しかし、すぐにクリスはいつもの様子で口を開いた。


「だったら、俺がここにきた目的も分かっているということか?」


「ええ、大体は」


「……っ!」


 その瞬間、明らかにクリスの声のトーンが変化した。

 隠しきれない興奮が滲んだ声で、クリスは問いかける。


「お前、やっぱり知っているのか」


「大体しか想像できないんで、何とも言えませんね」


 そんなクリスに対し、飄々とした態度のままアイフォードは続ける。


「まあ、ここで立ち話もなんです。部屋でじっくり話しましょうか」


「……ああ」


 その会話を最後に、二人分の足音は遠ざかっていく。

 その音を聞きながら、私はがたがたと震えていた。


「嘘……! 嫌!」


 その時私の胸に有ったのは、どうしようもない恐怖だった。

 もう私は、侯爵家になど戻りたくなかった。

 ……いや、この屋敷から離れたくなかった。


 先ほどまで、この屋敷にいる資格など言ってた自分が、私は馬鹿であったことを知る。

 頭では分かっている。

 こんな場所に私みたいな人間がいては許されないと。


 けれど、もう私にはこの場所から離れることなど耐えられそうになかった。

 感情が大声で叫ぶのだ。

 この場所から離れたくない。

 あの場所に戻りたくないと。


 そして、今の私はその感情を無視することができなかった。

 ゆっくりと私は立ち上がって、アイフォード達が消えた方向を追いかけて歩き出す。

 その先にあるのは、かつてウルガが訪れた時にも使っていた客室。

 今回もそこにあるのだとすれば。


 ……そう考えて進んでいく私の目には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。

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