第七十七話 気づき
「まあ、問題はないか」
そう言ってアイフォードが顔を上げたのは、数分してからのことだった。
赤らんだ顔を隠す様に少し顔を背ける私に、アイフォードは淡々と告げる。
「俺が来るのがいやなら、もう少し身体を労れ。俺がわざわざお前を引き入れた意味をなくす気か?」
「……申し訳ありません」
その正論に、私は素直に頭を下げることしかできない。
「お前が働く時はまだ先だとずっと言ってるだろうが。分かったら、無茶は控えろ」
内心、アイフォードも無茶する性格のくせに、なんて言葉が喉元まであがってくる。
しかし、それをぐっと抑えて私は我慢しようとして。
……そんな理性が保てていたのは、アイフォードが私の処理していた書類を持ち上げようとする姿を見るまでだった。
「とりあえず、お前はきちんと休むことから……」
「ま、待って!」
「……お前、人の話聞く気あるのか?」
青筋を額に浮かべ、どすの利いた声でアイフォードが私に問いかけてくる。
それに地雷を踏んだことを悟りながらも、私は必死に告げる。
「あ、後もう少しで終わるの。それだけ終わらせて……」
「前、その言葉を信じたらお前は何時間やり続けていた?」
だらだらと汗を流す私は、一度目を泳がせた後、何とか口を開く。
「……ちょうど私が仕事している時にアイフォードが来ただけで、私は一時間くらいしかやってないわよ」
「子供みたいな言い訳してんじゃねえよ」
さらに青筋を立てるアイフォードに、さすがに説得が不可能だと理解した私は、渋々書類から手を離す。
そんな私に深々とため息をもらし、アイフォードは口を開いた。
「いいか? お前は俺の駒だ。常に指し手の俺が動かせる状態であれ。毎回言ってるよな?」
「……はい」
「肝心な時に使えない駒じゃ意味がないだろうが」
そう吐き捨てると、アイフォードは私に背を向けて歩き出した。
遠ざかっていくその背中を見ながら、私は思う。
……ここに来た当初であれば、私はアイフォードが私への苛立ちを感じていると思っていただろうと。
しかし、今の私はアイフォードのきつい言葉の裏に心配が滲んでいることに気づいていた。
「分からない訳ないよね」
毎日私の足の様子を確認し、仕事をやりすぎていないかを見に来るその姿。
それを見て、アイフォードが純粋に私を心配してくれていることを分からないほど私は鈍くなかった。
そう呟く私の脳裏に蘇ってきたのはあの日、アイフォードにだきしめられた時だった。
あの時から、私はアイフォードが本当に今でも私を恨んでいるのか悩むことさえあった。
恨んでいないわけがないと知ってるのに。
そしてそんな現状に、私はある悩みを抱えていた。
「私はどうするべきなんだろう」




