第七十六話 日常の変化
ウルガとの一件から早数日。
私は、自室の部屋の中、日差しを感じながら、手元の書類をめくっていた。
無人の部屋の中、ぺらぺらという書類をめくる音だけが響く。
その音がやんだのは、それから数分が経過した時だった。
「ふぅ」
書類を机に置いた私は、窓の外へと目を向ける。
そろそろ日が落ちてきた外では、茜色の光に庭が照らされている。
それは幻想的にも見える光景で私はほう、と息をもらした。
「……こんな景色を見ると、ウルガとの一件が嘘みたいね」
ウルガに使用人としてこき使われ、危険まで感じた日。
それからまだ、二週間も経っていない。
にも関わらず、それは遠い日の様に感じて、私は目を細める。
そうして、あの時のことが遠い日のように感じられるのは、私が元通りの生活に戻れたからか。
「まあ、完全に元通りではないけど」
そう呟いて私が目を落としたのは、自分の処理する書類だった。
それは、私を放置している方が危険だと判断したアイフォードによって渡されたものだった。
……明らかに、アイフォードの処理しているものより少ない量ではあるが。
それでも、私はこうして仕事をすることをアイフォードによって許されていた。
そしてもう一つ、大きな変化があった。
突然、扉がノックされ、ぶっきらぼうな声が響く。
「俺だ」
聞き覚えのあるその声に、私は口を開く。
「どうぞ」
その私の言葉に反応し、入ってきたのはアイフォードだった。
そう、もう一つの大きな変化とは、こうしてやってきたアイフォードその人だった。
ずかずかと私の元までやってくると、アイフォードは淡々と告げる。
「足を出せ」
無関係な人間が聞けば勘違いしそうな端的な言葉。
それに私は私は苦笑しつつも、言われた通りスカートの裾をあげる。
そして私は片足を……ウルガに踏みつけられた方の足を、アイフォードの方へと差し出した。
「……ふむ」
その足を、アイフォードの長く、けれど堅い指が触れる。
それは決しておかしなことではない。
応急処置の心得があるアイフォードによって傷が悪化していないか確認されているだけ。
……とはいえ、恥ずかしさやくすぐったさをまるで感じない訳には行かなかった。
それを必死に耐える私に一切目も向けず、アイフォードは触診を終え、そして頷いた。
「問題ないな」
「……だから言ってるでしょうに」
思わず呆れを顔に浮かべながら、私は口を開く。
「もうそんな何度もこなくても、ただの打撲だって……」
「これだけ無茶やる人間の自己申告なんて誰が信じるか。勝手に侍女をやっている人間のどこに信用を置ける?」
「……はい」
私の反論を即封じたアイフォードは、さらに念入りに私の足の具合を確かめ始める。
……それが、かつての過保護なアイフォードの姿と重なり、私は無言で赤くなった顔を逸らす。
どうしてこんなことになったのか。
そう私が内心で呟いた質問に答えてくれる人間はいない。




