第七十五話 知らぬ奇跡 (クリス視点)
コルクスのその視線に私は反射的に理解する。
「……っ!」
これは本気の発言だと。
そう、その時私は分かっていた。
ここが分岐点であると。
「だったら、やめればいいだろうが!」
……それを理解して、私は最悪の決断を選択した。
いつもの冷たい一瞥ににらみ返しながら、私は叫ぶ。
「そもそも、こんな状況にあるのは貴様が上手くやらないからだろうが!」
後先考えずそう叫ぶ私の心にあるのは、怒りだった。
もっと、コルクスさえ上手くやれば、こんな状況にはならなかった。
そんな考えが私の中には常に存在していた。
故に、マーシェルを探すのをやめさせようとするコルクスを私はどうしても許すことができなかった。
その感情のままに、私は叫ぶ。
「マーシェルを探すのを私はやめる気などない!」
「……そう、ですか」
その私の言葉に、そう返したコルクスの目に浮かんでいたのは、一切感情の浮かばない目だった。
その状態のまま、コルクスはその場で一礼する。
「それでは長らくお世話になりました」
……そう言って、背を向けたコルクスはもう私の方に振り返ることさえなかった。
どんどんと遠ざかっていく足音は、どんどんと遠ざかって、最後には聞こえなくなる。
「本当に、行っただと?」
──私が自分のしたことを理解したのはその時だった。
気づけば、私の背中は嫌な汗でびっしょりと濡れていた。
しかし、その嫌な感覚さえ薄れるほどの危機感に私は襲われていた。
「くそ! 本当に出て行くなど!」
そうコルクスへの恨み言を私は何度も口にする。
しかし、その口調に力がないことに、私は気づいていた。
コルクスが去った後、私に残ったのは問題だらけの侯爵家だけ。
私は、マーシェルの居場所さえ理解できていない。
……襲いかかってくるその現実に、私は恐怖を隠すことができなかった。
「……いや、あるではないか! 候補が!」
私がふとある場所の存在を思い出したのはその時だった。
そこは、かつてマーシェルも交流を持っていた人間の屋敷。
そこならば、マーシェルが逃げ込んでいてもおかしくないのではないか。
現に、実際にそこに逃げ込んでいた者もいるのだから。
実際は、マーシェルの交友関係を知らない私にはそれしか候補が思いつけないだけ。
そう内心理解しながらも、それから必死に目を背けて私は叫ぶ。
「早く馬車の用意をしろ! 今すぐにだ!」
そう叫びながら、私は使用人がやってくるのを待つ。
「ウルガが潜伏していた場所、アイフォードの屋敷に私が直接行く!」
そう叫びながら、私は気づいていた。
ウルガがそこに逃げ込んだのはただ、私を恨んでいるアイフォードなら自分のいいように利用できると考えたからだと。
そこにマーシェルが逃げ込んだかどうかの確証など、ありはしないことを。
そんな事実から必死に目を逸らしながら、私は内心祈る。
どうか、そこにマーシェルがいますようにと。
……たどり着いた先で何が待っているのか、私は想像もできなかった。
次回から、マーシェル視点に戻ります。




