第七十四話 家宰の本気 (クリス視点)
「……っ!」
その言葉に、私は一瞬言葉を失う。
蘇るのはマイルドの告げていた言葉。
……もう、マーシェルは勘当されたという。
考え込む私に、コルクスは続ける。
「どうしてあの厄介な人間が、今まで貴方のところまで行かなかったか分かりますか? 全てはマーシェル様がご自身で対応してくださっていたからです」
そう淡々と告げるコルクスの目に浮かんでいたのは、静かな怒りだった。
その怒りに何も言えない私へと、さらにコルクスは続ける。
「マーシェル様はこれだけ尽くして下さっていたのです。……ですから、もう解放しましょう」
「……っ!」
私の胸に怒りがあふれ出したのは、その瞬間だった。
マイルドの姿を見て、私もなにも感じなかったとは言わない。
ただ、解放という言葉だけは、私にとって我慢ならない言葉だった。
「ふざけるな、貴様! 私が、マーシェルに迷惑をかけているといいたいのか!」
そう感情的に叫ぶ私に対し、コルクスは普段見せない唖然とした表情を顔に浮かべていた。
「迷惑をかけているのは向こうだろうが! 私が、その被害に遭っているんだろうが! ここまで、侯爵家を無茶苦茶にしたのはマーシェルだろう!」
「……なにを言っているのですか?」
そう告げるコルクスの顔に浮かんでいたのは、信じられないといった表情だった。
その滅多に見ない表情に、私は愉快さを感じる。
余裕のある表情を崩してやったと。
しかし、その時に私は気づいておくべきだった。
その表情は驚きなどではなく……私への失望と呆れからのものだったと。
そんなことを知る由もなく、得意げに私はコルクスへと叫ぶ。
「いいから、早くマーシェルを探してこい! 今すぐに!」
「……そうですか」
その言葉に、私は笑みを浮かべる。
ようやく、コルクスも私の言うことに従う気になったかと。
しかし、それはただの勘違いだった。
「──これ以上マーシェル様を探そうとするならば、私は家宰の立場を退かさせていただきます」
「……は?」
言い募る私へとコルクスが告げたのは、まるで想像もしていなかった言葉だった。
それに、私は呆然と問いかける。
「う、嘘だろう?」
こんな状況でコルクスまでいなくなれば侯爵家がどうなるか。
それを理解しているが故に、私は震える声で私はそう尋ねる。
「さあ、どちらを選ばれるのですか?」
……しかし、その私の問いかけに対するコルクスの返答は冷たい言葉だった。




