第七十三話 手のひらの上 (クリス視点)
「っ!」
苦々しげにマイルドが顔を歪めたのはその時だった。
しかし、すぐにその顔ににっこりと笑みを張り付け口を開く。
「クリス様、ここは我らだけでお話ししませんか? 余計な人間など」
「家宰の私を余計な人間といいたいのか?」
「……っ!」
しかし、その全てを言い切る前にコルクスは部屋の中に足を踏み込んでいた。
いつものコルクスの鋭い目線に射抜かれたマイルドは言葉を失う。
そんなマイルドを一瞥したコルクスは、今度は私の方へと目線を向ける。
「クリス様、失礼します。許可を取るのが後になりましたが、私も同席させていただいて大丈夫でしょうか?」
「あ、ああ」
断る理由もないその提案に私が頷くと、はっきりとマイルドは顔を歪める。
そして、急にその場に立ち上がった。
「……わ、私は急用を思い出しましたので、これにておいとまさせていただきますね!」
そう言って、あわてて逃げ出す背中を私は呆然と見送ることしかできなかった。
呆然とその背中があった場所を眺める私に、コルクスが呆れた表情で告げる。
「おそらく初めて私とマーシェル様を介さない手紙が来たことで説得はたやすいと考えたのでしょうね。私が相手であれば、もう少し粘る可能性も考えていましたが、そんな度胸もなかったらしいですね」
その解説を、私は呆然と佇みながら聞く。
そんな中、ふとある疑問が私の胸にわいたのはその時だった。
……どうして、コルクスがこんなに素早くマイルドに対応できたのかと。
そんな私の疑問を察知したかの様に、コルクスは私の方を振り向く。
「相変わらず厄介な人間でしたな。……ですが、これでクリス様も理解できたでしょう?」
「何の話だ……?」
「奥様のいた状況に関しての話ですよ」
「……っ!」
その言葉でようやく一つの答えにたどり着く。
私が伯爵家に手紙を出し、伯爵家のあのような人物がやってくること。
──その全てが、コルクスの手のひらの上であったことを。
「全部、お前の想定だったのか……!」
コルクスを睨みつけ、私はそう叫ぶ。
それに対し、コルクスは顔色さえ変えることはなかった。
私を真っ正面から見返し、頷く。
「ええ。全て私が仕組みました」
「っ! どうして、こんなことを……」
「これでクリス様も理解できたでしょう?」
私をまっすぐ見つめ、コルクスはさらに続ける。
「マーシェル様が一体どんな人間を抑えてきたかについて」




