第六十八話 想像もせぬ書類 (クリス視点)
「……どうして、こんなことに」
呆然としたつぶやき。
それが私の口から出たのは、ろうそくの小さな明かりだけが灯された部屋の中だった。
それは侯爵家としてあまりにみすぼらしい姿だったが、もうどうしようもなかった。
何せ、もう明らかに侯爵家には以前の力など残ってはいないのだから。
……呆然とする私の頭に蘇ってきたのは、ウルガが消えてからのこの数週間のことだった。
あれから呆然とする私だったが、信じられない裏切りに呆然としている暇さえなかった。
どんな事情があったとしても公爵家が待ってくれる訳がなかったのだから。
しかし、そこまでして必死にすがりついたにも関わらず、公爵家の答えは交易の断絶だった。
そして、被害はそれだけに収まらなかった。
……マーシェルが行方不明になったという噂が流れたが故に。
「くそ、どうしてあのタイミングで!」
その時のことを思い出し、私はそう怒りを漏らす。
その時流れた噂の結果こそが、今の侯爵家の現状だった。
侯爵家が行っていた様々な交易相手達。
彼らが一斉に手のひらを返して、交易をやめたいと申し出始めたのだ。
マーシェルがいないなら、これ以上続ける意味はないと言いたげに。
……侯爵家が財政難であるこの時にも関わらず。
そして、その対処に私とコルクスは追われることになっていった。
しかし、人手不足という状況の中、どれだけ奮闘しても限界はあった。
それもあり、私は財政難の中さらに使用人を雇う羽目となり。
それが、現在の侯爵家の現状につながっていた。
「……くそ! くそ! どうして!」
そんな状況に私は怒りを抑えることができなかった。
抑えられぬ怒りをぶつけるように、目の前にある棚を蹴り上げる。
瞬間、がたんと棚が揺れ中の書類が床にぶちまけられる。
苛立たしげに私はその書類を拾おうとして。
……その中に見覚えのある書類があるのに気づいたのは、次の瞬間だった。
「これは? ……っ!」
私は反射的にその書類を拾い上げ、そして言葉を失うことになった。
なぜならその書類は。
かつて私が、使用人に捨てておけと言っていたはずの──マーシェルがウルガに渡した書類なのだから。




