第六十二話 アイフォードの拒絶
私は反射的に顔を上げる。
……するとそこに広がっていたのは、想像もしない光景だった。
壁のあたりに散乱した割れた花瓶。
手を押さえて呆然とたたずむウルガ。
そして、長い足が空中にとどまった、何かを蹴り抜いた状態で静止する、アイフォード。
「……っ!」
一拍おいてアイフォードが何をしたのか。
……私が花瓶で殴られる前にウルガの手から花瓶を蹴り飛ばしたのだと理解して、私の顔から血の気が引いた。
アイフォードは何を考えているのか。
どうしてここで、憎んでいるはずの私を助けるようなことを。
そんな思考が頭の中をぐるぐると駆けめぐり消える。
……とにかく今は、何とかして誤魔化さなくてはならない状況だった。
そう判断した私は、反射的に顔を上げる。
しかし、その前にネルヴァの悲鳴にも似た叫び声が響いた。
「何をしている!」
ネルヴァの顔は、蒼白に近かった。
しかし、そのネルヴァに対してアイフォードの顔は一切変わることはなかった。
淡々と、アイフォードは告げる。
「何がだ?」
「っ! お前、ウルガ様に手を出す意味が分かっているのか!」
「当たり前に決まっているだろうが」
「……だったら、なぜ」
「まだ分からないのか? そもそもなんでお前等なんかを俺が屋敷に迎え入れてやったと思う?」
その言葉に、ネルヴァは呆然と口を開く。
「何を、言ってる?」
「俺は最初から、お前等を捕まえるために屋敷に迎え入れた、そう言ってるんだよ」
そう告げたアイフォードに、今度こそネルヴァは絶句した。
……そのネルヴァと同じく、私も衝撃を隠すことができなかった。
アイフォードがウルガ達を捕らえようと裏で画策している可能性、それを私が想像しなかったといったら嘘となる。
しかし、そのことをここで言ったアイフォードが私は信じられなかった。
何せ、ここにはウルガという時限爆弾の存在がある。
それを理解していたからこそ、私は今まで全てを秘密裏に動いてきたのだ。
……なのに、ここでウルガの怒りを買ったら。
そんな考えが私の頭をよぎる。
「う、嘘よ! アイフォード様がそんなことを言うわけないわ!」
しかしその私の考えは、ウルガの言葉によって中断されることになった。
アイフォードにそう叫ぶウルガの目には、すがりつくような色が浮かんでいた。
それに私は、想像以上にウルガはアイフォードに真剣に入れ込んでいたことを悟る。
……だったら、なぜ面倒ごとこんな場所にやってきたのか、そんな怒りが一瞬自分の胸によぎる。
とはいえ、これが幸運であることは事実だった。
今なら、まだウルガを誤魔化すことができる。
そう判断した私は何かを口にしようとして……けれど、何を言えばいいのか分からず口ごもる。
その間に、アイフォードはネルヴァと同じような淡々とした口調で口を開いていた。
「悪いが事実だ。──お前程度に、侯爵家に睨まれてまでも守る価値は感じなくてな」




