第六十話 既に決まった覚悟
「……っ!」
まるで想像もしていなかったアイフォードの出現に呆然としていた私が、正気を取り戻したのは、ウルガの姿を見た時だった。
「あら、アイフォード様?」
未だ状況が理解できていないウルガは、アイフォードの姿に単純に喜んでいる。
しかし、そう呑気にしていられるのも時間の問題だろう。
ここでネルヴァの現状に気づいてしまったら。
そんな危機感が私の胸にあふれ出す。
……嬉々とした様子でネルヴァが口を開いたのは、その時だった。
「お下がりください、ウルガ様! そこにいる女は、ウルガ様を裏切ろうとした不届きものです!」
「……え?」
その言葉に、呆然とウルガが声を上げる。
そして、状況を理解できないのはウルガだけでなかった。
私もまた、なにを狙っているのか分からず呆然と立ち尽くす。
しかし、そんな私を無視し、ネルヴァは続ける。
「早くアイフォード様の後ろに!」
「わ、分かったわ!」
「私も一時抵抗され危うい目に遭いましたが、アイフォード様に救っていただきました。……そうですよね? アイフォード様」
「……っ!」
にっこりとアイフォードに笑いかけるネルヴァ。
私が、なにをネルヴァが考えているのか理解したのはそのときだった。
「もう私達の心配はいりません、アイフォード様。この不届き者を牢に入れて捕らえてください!」
──そうこれは、ネルヴァによる言外の取引なのだと。
アイフォードへと、ネルヴァは笑顔で語りかけている。
しかし、その実その目は一切笑ってなかった。
そして、その目が何より雄弁に語っていた。
自分の話に合わせろ、と。
つまり私を処分するのであれば、全てを不問にする、そうネルヴァは言外に告げていた。
「……まさかアイフォード様が、この裏切り者をかばうことなどあり得ませんよね?」
そう言って、ちらりとネルヴァはウルガに目を向ける。
自分の思い通りにならなかったらどうなるか、そう暗に告げるように。
そのネルヴァの考えを知り、私は顔をうつむかせる。
誰にも自分の表情が見えないように、と。
そして、私は笑った。
ネルヴァは気づいていない。
全てが都合よく進んでいるのは自分ではなく、私の方であることを。
確かにこのままでは、私に待っているのは地獄の様な結末だろう。
──だが、そんなことなど私はとっくに覚悟を決めていた。
「……何で、全部上手く行かないのよ!」
そう判断して次の瞬間私はそう叫び始める。
自分をアイフォードが追放する流れを作るために。




