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第五十七話 簡単な選択肢

「……ひっ!」


 今まで私の胸にあった安堵が消え去ったのは、その瞬間だった。

 今になって、私は気づく。


 ……自分は二重の意味で、危険な状態であることを。


 今まで、ネルヴァは私に必要以上に嫌がらせをすることはなかった。

 全ては、アイフォードに悪い感情を抱かれる訳にはいかないという思いゆえに。

 だが、もうアイフォードの存在が私を守ってくれることはないのだ。


 私は敵対していると──今ここで殺さなければ、ネルヴァ達をはめると宣言したも同然なのだから。


 どう誤魔化すかだけしか考えていなかった私は、今になってそのことに気づく。

 そんな私に顔を寄せ、ネルヴァは告げる。


「大人しくしていれば、前までの恨みを忘れてやったのに。この事態を招いたのはお前自身だからな?」


 嫌悪感が全身に走ったのはその瞬間だった。

 私はその感覚に耐えきれず、顔を腕で隠す。

 しかし、その私の反応は逆効果だった。

 そんな私を見て、ネルヴァは目に欲望を燃やす。


「なんだその反応、まるで生娘みたいだな。……まさか」


 その瞬間、あることに思い至ったネルヴァは目を大きく見開いた。


「お前、一度もあの当主に手を出されたことないのか!?」


「……っ!」


 その瞬間、私は自分の顔が屈辱で真っ赤に染まるのを感じていた。

 その事実は、私にとってトラウマに近い思い出として根付いていたのだ。


 ……女性としても、何ら価値のないことに対する劣等感を感じずにはいられない思い出だったが故に。


「ぷ、ふははは! 愛人の溺愛について話は聞いていたが、ここまでとは! 本当に惨めだな!」


 そう笑った後、ネルヴァは好色を顔に浮かべて口を開く。


「まあ、俺からすればこのレベルの女に手を出さない方が謎だがな。……いや、待て」


 そうして、私へと手を伸ばし、その途中でネルヴァは手を止めた。

 そして、私ににっこりと笑いかけた。


「なあ、条件付きで生かしてやる、いや、手を出さないでやるといえば、話を聞く気はあるか?」


「……え?」


 うつむいていた私は、想像もしない言葉に呆然と顔をあげる。

 そんな私に、胡散臭い笑顔を向けながら、ネルヴァは口を開いた。


「まあ、お前を殺すと全てが拗れそうで嫌なんだよ。俺はもう、ここ以外に逃げる場所がない。だから条件付きで生かしてやる」


「……条件?」


「ああ」


 問いかけた私に、にっこりと笑ったままネルヴァは告げた。


「アイフォードを裏切って、俺が都合のよい立場を作るように奮闘しろ」


「っ!」


「何だ? いい条件だろ? まあ、さすがに人質はもらうがな。今すぐ、メイリを呼び戻せ」


 まるで想像もしなかったその言葉に、私は固まる。

 そんな私の耳元でネルヴァはささやく。


「──自分が助かるんだぞ? どちらを選ぶかなんて、決まり切っているだろう?」


 その言葉に、私は思わず笑い出していた。

 今までの人生と比べても、本当に簡単すぎる選択だと。

 そんな私を見て、満足げに頷きネルヴァは身体を離した。


「ようやく分かったか、早く……」


 ぱんっ、という乾いた音が響いたのは、その瞬間だった。

 音がしてから一拍。

 ようやく事態を……自分の頬を私が平手打ちしたことに気づいたネルヴァは、呆然と頬に手を当てる。

 そんなネルヴァに満面の笑みを浮かべ、私は告げた。


「なに勘違いしてるのかしら? ──さあ、私を殺しなさいよ」

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