第五十話 居心地のよい場所
「じゃあ、明日楽しみにしてるわよ。あー、アイフォード様に会うの楽しみだわ!」
嬉々とした様子を隠さない様子で去っていくウルガ。
その後ろ姿を頭を下げた状態のまま見送った私は、ゆっくりと顔をあげる。
「……はぁ、今日も疲れたわね」
その顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
シミのついた使用人服には、新たに紅茶の汚れが滲んでいる。
……その姿は、侯爵家の女主人だった過去があると言っても誰も信じないような惨めさが滲んでいた。
そんな自分の姿を自嘲するように笑うと、私はゆっくりと歩き出した。
「……これでも、実家にいた頃よりはましよ」
そう呟く私だが、その声に疲労が浮かんでいることに自分でも気づいていた。
実家の方がましだった、いや、侯爵家での激務の方でさえいまよりきつかった記憶さえある。
確かにこの数日、私はウルガの世話をしてきたが、その時間は夕食までなのだ。
その時間からは、毎日アイフォードがウルガを誘って晩餐を摂っている。
それを考慮すれば、私がウルガを相手にしている労力は決して多くはないだろう。
けれど、今までにない疲労を覚えている自分に私は気づいていた。
……それが、この屋敷での生活に染まってしまったからであることに関しても。
ここでの生活は、どうしようもなく申し訳なさを感じずにはいられないものだった。
裏切った自分が、こんな生活を享受していいのかと思ってしまう様な。
だからこそ、私はこのままではいけないと考え、動こうとさえしていた。
だが、その一方で私はこの生活に癒しを感じている自分に気づいてもいた。
お母様が死んで以来のこの穏やかな生活であったと。
ネリアは優しくて、私を恨んでいるはずなのに、それでも私に優しさを向けるアイフォードに懐かしさも感じて。
ここでの生活は、私にとって夢のような生活だった。
だからこそ、自室へと戻りながら、私は決意する。
絶対に、この屋敷を守りきって見せると。
そう思いながら私は自室へと足を踏み入れ。
「……っ!」
机の上に置かれた手紙に気づいたのはそのときだった。
瞬間、私の中から疲れは消え去っていた。
私は飛びつかん勢いでその手紙の裏を見る。
そして、そこに記された名前を目にして私はにっこりと笑った。
「メイリ」
──それは待ち望んでいた、腹心からの手紙だった。




