第四十七話 泣き喚くのは
「……っ!」
それは、メイリによる無言の脅しだった。
自己犠牲は許さないという。
私は、メイリにおずおずと告げる。
「……言ってるけど、立場的に不利なだけで、対処は難しくないのよ」
「だったら、私の発言は何の問題もないということですね」
そう口にするメイリに、私は何も言い返せず黙る。
どうしてこんな風に育ってしまったのかと思いながらも、それでも少し心強くはあった。
私の言った通り、裏がわかっている現状、決して今の状況を収めるのは難しくないのだ。
何せ、相手の弱みはほとんど分かっていて。
その上で私の側には、腹心たるメイリがいるのだから。
「そこまで言うなら、きちんと働いてもらうわよ」
「あら、マーシェル様。今までの私のやってきたことを休んでる間に忘れてしまいましたか? いつも通り任せてください」
そうふてぶてしく笑う、メイリに私は笑みをこぼす。
今でこそ、皮肉であれ陰の支配者と呼ばれたことのある私だが、最初その身分も、権限も一切なかった。
侯爵家たる権限も最小限しか扱えない中、私がここまで成り上がったのは様々な情報を手にし、それを使って貴族を交渉でやりこめてきたからだ。
──そして、その情報源と私を仲介していた腹心こそ、目の前のメイリだった。
そんな腹心へと、私はにっこりと笑って告げる。
「メイリ、貴女は徹底的に侯爵家の横領について調べて」
「横領といえば、私がお話しした件ですね?」
「ええ、それが今回の鍵になるわ」
その私の言葉に、メイリの目に鋭さが増す。
それだけで、メイリが大体のことを察したと理解した私は、頷き答えを明かす。
「ウルガには、ネルヴァがついてきていたわ。そして、話を聞いた限り駆け落ちという形でここまで逃げてきたらしいの」
「……っ! それなら、ネルヴァとウルガの横領の証拠さえ提出できれば……」
「ええ、何の身分もない私達でも、有無を言わさずウルガを監獄に入れることができるわ。たとえ、ウルガの実家や、愛人たる貴族がどう擁護しようとね」
その私の言葉に、メイリがにっこりと笑う。
「わかりました。直ぐ、情報の裏を取ってきます。……それで、マーシェル様は?」
「私は使用人を続けるわ。こちらから情報を集める為にも、監視のためにも、ね」
「……でも、それは」
「いいのよ、貴女は何も気にしないで」
私の言葉に顔色を変えたメイリに、私はにっこりと微笑む。
「それに、貴女は知っているでしょう? 完全に下だと思っている人間に対して、どれだけ人が口が軽くなるか。──どれだけ私がその立場を利用して足下をすくってきたか」
その私の言葉に、反射的にメイリが背筋を伸ばす。
それを確認して、私は優しく告げる。
「ね、だから行って」
「……はい」
私の言葉に頷いたメイリはゆっくりとドアの方へと向かっていく。
しかしその途中で立ち止まり、私の方に振り返った。
「できるだけ直ぐ戻ってきます。……だから、絶対に無理はしないでください」
その言葉を告げてから、メイリは姿を消す。
それを確認してから、私は呟く。
「……メイリが私の部下になっていてよかった」
そうであるおかげで、私が失敗したとしても、メイリは命じられただけだということで話を片づけることができるのだから。
そう考えた私は、にっこりと笑う。
これでもう、何も自分を縛るものはないと。
「さて、最後に泣きわめくのはどっちかしら」
そう告げる私の口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
次回、アイフォード視点入ります。




