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第四十四話 偽りの報告 (ネリア視点)

 私、ネリアが主、アイフォード様に呼ばれたのはその日遅くのことだった。

 呼ばれた部屋に入るとそこでは、少し疲れたような表情をしたアイフォード様が待っていた。

 アイフォード様は私の表情を見て、申し訳なさそうに口を開いた。


「……色々と苦労をかける。あの人は、わがままな人間だろう?」


 誰、とアイフォード様が断定することはなかった。

 けれど、それだけで誰か判断するには十分だった。


「い、いえ」


「気を遣わなくてもいい。私の側では、非常にかわいい人なんだが……」


 そう呟くアイフォード様の様子は明らかに普段と違って、私の胸にしこりを残す。


 その様子が、私の胸に躊躇を生まれさせる。


「それで、マーシェルはどうしてる?」


「っ!」


 いつもの質問が投げかけられたのは、その時だった。

 その瞬間、私の脳裏によぎるのは使用人の服を身につけるとき、マーシェル様が言っていたことだった。


 ──この件に関して、どうか私の言う通りに従ってくれない?


 そして、私へとマーシェル様が頼んだのは、アイフォード様に偽りを告げることだった。


 すなわち、ウルガがマーシェル様を使用人にしていることを黙っていろ、とそうマーシェル様は言ったのだ。


 その時、私はその言葉に答えを返すことができなかった。

 それどころか、今でさえ私は決断できていなかった。

 それ故に、何も言えなくなった私に、アイフォード様は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そして、その表情のまま告げる。


「できれば、マーシェルと一度話しておきたい……」


「いえ、実はマーシェル様は体調を崩してしまって、少しの間無理かもしれません」


 私が反射的にそう告げていたのは、そのときだった。

 なぜ自分がそんな言葉を言ったのか、私は理解できていなかった。

 自分の言ったことは、マーシェル様に負担をかけることなのだ。

 絶対に、了承してはならない頼みのはずで。


 ……けれど、そう考える私の頭の中、使用人服を取りに行くときにマーシェル様が告げた言葉が、表情が頭に蘇っていた。


 ──お願いだから、ここは私に任せてくれない?


 ──私が全てを解決するから。


 ──ウルガが、口を割ったりしないよう見ていてくれ、とも言わないわ。ただ、貴女が少しの間黙っていてくれるだけでいいの。


 ──だから、私が動いてることをアイフォードには黙っていて欲しい。


 その時、マーシェル様の言葉を聞きながら、私は理解していた。

 そう告げる理由には、間違いなく私に対する気遣いも存在していると。


 私はあのネルヴァという使用人に対して恐怖を覚えていた。

 あの大柄な身体が側にあるだけで、私は恐怖を覚える。

 そのことに、マーシェル様が気づいていないわけがないのだ。


 そんな状況で、マーシェル様だけに負担をかけることなど許されない、そう私は思っていた。


 ……けれど、そう自分を戒めようとする度に私は思い出すのだ。


 ぎらぎらとした、怒りを隠す気もないマーシェル様の表情を。

 私の頭の中、最後にマーシェル様が吐き捨てた言葉がよぎる。


 ──私がここを守る。だから、今だけは私に従って。


 そして私は覚悟を決めた。


「なので、少しの間私を通して伝言を受けてよろしいでしょうか?」


「……そんなに悪いのなら、顔ぐらい」


「いえ、普段顔も見せない人間が行ったところで、心労が増すだけかと」


「……そうだな。とりあえず、絶対にウルガのいる部屋には近づかないよう言っておいてくれ」


「はい。わかりました」


 私が今まで嘘をついたことがなかったからか、それとも疲れからか、アイフォード様はそう素直に頷く。

 その様子に私は罪悪感と後悔を抱きながらも、一礼して下がる。


 この先、今の決断を自分がどう思うのか、私にはわからない。

 ただ、一つだけ私は思う。


 ……あの時のマーシェル様、その姿は確かに陰の支配者と言われるのにふさわしい姿であったと。

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