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第三十九話 盗み聞き

 ウルガ達の向かった客間、私はそこの近くに隠し通路が存在するのを知っていた。

 それも、ネリアもアイフォードも気づいていないような。


 私がそれに気づけた理由は、侯爵家夫人として動いていた時に、侯爵家の屋敷の隠し通路を見ていたからだった。

 その時の経験から、この屋敷を確認した時、複数の隠し通路があることに気づいていたのだ。

 どうやら、この屋敷は元々どこかの貴族が使っていた屋敷が、アイフォードのものになったというところなのだろう。


 もちろん私は、アイフォードと二人で話す機会があれば伝えるつもりだった。

 けれど、今までそんな機会はなかったのだ。

 ……そのお陰でこうして潜めるのだから、何が幸いとなるかは分からないのだが。


 そんなことを考えながら、私は隠し通路に向かっていた。

 そこならば、中の声も聞こえるかもしれないと考えたが故に。

 ようやくそこにたどり着いた私は、意を決してその埃まみれの通路の中に入っていく。


「……なのです。私はクリス様に、お金で強引に実家から買われていて……」


「そう、ですか」


 小さくだが、室内から声が聞こえてきたのはその道中だった。

 しかし、狙い通りにことが進んだ安堵もなく、私はのうのうと嘘を言うウルガへの怒りを覚える。

 しかし、怒りを露に叫べば盗み聞きどころではなく、それを理解しているが故に、私は必死で自分を抑える。


「……我が兄のことながら、本当に申し訳ない。なんとお詫びすれば」


「いえ、貴方も被害者なのでしょう? 私も理解していますわ。……お互い、不幸でしたね」


「っ! 本当に兄は、善人を躊躇もなく不幸にする……!」


 ……その会話に、私がウルガがここに来た理由を悟ったのはそのときだった。

 ウルガは、クリスから身を隠してくれる存在を探してここにやってきたのだと。

 だからアイフォードの屋敷に来たのだ。

 家督をクリスに奪われたアイフォードなら、間違いなく自分を隠してくれるだろうと。

 そのことに私は更に怒りを募らせ。


「幸いにも、侯爵家は先の失態で力を失った故、私がウルガ様をお連れした次第です」


 ──ふと、聞き覚えのある声がしたのはそのときだった。


 その声に私は、外套を着た人物のことを思い出す。

 先程は顔を確認することもできなかったが、その声は確かに聞き覚えのあるものだった。

 一体誰の声だったのか、私は必死に頭を動かす。

 そう私が必死になっている内にも、会話は続いていく。


「ほう、お二人は恋人ですか?」


「ええ。駆け落ち……」


 聞き覚えのある声は、そう続けようとして、けれどその言葉が最後まで続けられることはなかった。


「いえ! そういう形で逃がしてくれただけで、その様なことはありませんわ」


 ……ウルガが食い気味に否定したせいで。


 その瞬間、私は思わず唇をかみしめていた。


 ウルガの声に、クリスに向かって話していた時のような媚びが浮かんでいるのに私は気づいていた。

 そして、この状況でそんな話し方をする理由は一つしかない。


 つまり、アイフォードに色目を使っているのだ。


「そうだったのですか。本当にすばらしい正義感ですね」


「……え、ええ。まあ」


 しかし、それにアイフォードは気づく様子もなく、それが私の苛立ちをあおる。

 その思いもあって、私は思わずかすかに物音を立ててしまう。


「私をかくまってくれるのであれば、実家から持ってきたこれを……」


「待った」


 ぴしり、と空気が大きく変わったのはその瞬間だった。

 その瞬間、私の顔から血の気が引いた。

 もしかして、ここにいるのが気づかれた?

 そう私が硬直する中、数秒が経過する。


「……いえ、何でもありません」


 アイフォードが口を開いたのは、それから少ししてのことだった。

 その言葉に、私は内心安堵の息を吐く。

 一方私の存在など気づくそぶりもないウルガは、怪訝そうに口を開く。


「あら、そう? まあ、とにかくこれを」


「いえ、それは貴女が持っていてください。これは私にとってはお詫びなのですから」


「……そう?」


「はい。私にとっては、貴女のような美しい方が屋敷に居てくださるだけで十分褒美なので」


「まあ」


「はは。それでは、客人用の寝室にご案内いたしますね」


 そして、アイフォードの客室の扉が開き、少しして閉まる。

 私は隠し通路の中、沈黙に包まれることになった。

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