第三十話 隠し事 (クリス視点)
それは侯爵家と比べても豪華な部屋。
その中で私、クリスは目の前の恰幅のいい男性の前で座っていた。
「ということで、マーシェルが席を外しており、第二夫人にあたるウルガです」
そう言いながら、私は隣にいるウルガを紹介する。
そんな私たちを見る男性の視線に一瞬私は身体を震わせるが、男性は気にせずにっこりと笑って口を開いた。
「そうか。この時期に体調を崩すとは珍しい。奥方にも、身体を大事にするよう伝えておくといい」
「はい。ご温情まことにありがたく思います。妻も、大いに感激するでしょう」
内心私は、大いに安堵しながら頭を下げる。
床を見ながら、私の頭に浮かぶのはここにくる前、コルクスに口を酸っぱく言われていたことだった。
──奥様がいないことはなんとしても隠し通してください。
最初は何という無茶ぶりだと感じていたが、少なくとも今は目の前の男性……公爵家当主からは何も感じることはなかった。
そのことに内心大いに安堵しながら、私はさらに次の話へと続ける。
「妻の件だけで申し訳ないところ恐縮であるのですが、実は体調が悪いせいで引継に少し支障がでておりまして……」
「……それは本当か!」
目の前の男性の顔色が変わったのはその瞬間だった。
その変化に、一瞬私はひやりとしたものを感じる。
「あの奥方が引継を怠るとは、そんなに体調が思わしくないのか……。我が家からも見舞いの品を送ろうか?」
けれど、幸いにもその態度の変化はマーシェルの不在に気づいた故のものではなかった。
内心私は安堵するが、直ぐに愛想笑いをして口を開く。
「いえ、少し体調を崩しただけですのでお気になさらないでください」
見舞いなどされて、不在であることが分かれば、面倒臭い事態になることは分かり切っている。
「……そうか。だが、もし何かあったのならいつでも言ってきてくれ。私はいつでも協力する所存だ。あれほどの女性が体調を崩しているというのは忍びないからな」
そんな私に、公爵家当主がそれ以上つっこんでくることはなかった。
内心私はそのことに安堵しつつ……けれど、複雑な感情が自分の中に生まれているのを私は感じる。
横にいるウルガが口を開いたのは、そのときだった。
「それはあの女を高く見積もりすぎでは?」




