第二十九話 胸のざわめき
動けない私を心配した様に、ネリアが口を開く。
「大丈夫ですか、マーシェル様? 旦那様も今は感情的になっているだけで、普段は……」
「……いえ、大丈夫です。これは私の背負うべきことですから」
そういって私は何とか笑顔を顔に貼り付ける。
しかし、その内心はどうしようもない動揺で溢れていた。
恨まれていることくらい、知っているつもりだった。
それを覚悟して、私は今まで過ごしてきたのだから。
……けれど、実際にその気持ちを告げられた衝撃は、私にとって決して小さくなかった。
どうしようもない虚無感を感じながら、私は思う。
──今更、クリスの為などでなかったと言っても無駄なのだろうと。
「どうせ、私の勝手であることは変わりはしないのだから」
私は小さくそう呟く。
そう、どう言ったところで私のやったことが勝手な行為であるのは変わらないのだ。
だから私は自分に言い聞かせる。
自分にできることを考えて動くしか、もう残っていないと。
ネリアが私の肩に優しく手をおいたのは、そのときだった。
「……とにかくお食事にしましょう」
「ありがとう」
その言葉に頷き、私が椅子に腰を下ろしてから、食事を持った料理人がやってくるまでに要した時間は直ぐだった。
そのことに私は内心首をひねる。
こんな早くに食事が準備されているということは、誰か用意してくれていたのだろうかと。
しかし、ネリアは私の直ぐ側にいてくれたはずで、そんなことを考えている間に私の目の前に料理が置かれる。
「どうぞ」
「……え?」
そしてその料理を見た瞬間、私は言葉を失った。
私の脳裏に、かつての記憶が蘇る。
──お母様が生きていた頃、料理人がよく作ってくださったお母様の好物なの。だから私もそれが好き。
それは、かつてアイフォードに私が話したこと。
その時私は、家族にも言ったことのない好物について、アイフォードに話した。
沢山のお芋が入ったシチューが、私は大好きなのだと。
──そう、今料理人が持ってきてくれた、目の前の料理こそが好物だと。
「お熱いのでお気をつけて」
そう言って料理人は、私の前にシチューをおいて離れる。
しかし、少ししても私はスプーンをとることさえできなかった。
私の胸が、不自然に高鳴る。
それを抑えるように服を強く掴み、私は呟く。
「……一回話しただけなのに、勘違いしたらだめよ。ただの偶然よ」
そう、そうとしか考えられない。
今の私はアイフォードに恨まれてる。
それに、私の好きなものについて話したのは数年前、最初に会った時。
覚えている訳がないのだ。
けれど、そう理解してるのに。
……なぜかしばらくの間、私の胸のざわめきが消えることはなかった。
いつも、ブクマや評価、感想ありがとうございます。
冗長気味な展開で申し訳ありません。
次回から、クリス視点が少し入ると思います。
できる限り直ぐに戻る予定なので、お付き合い頂ければ幸いです。




