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第二話 翌日

 手紙を見たその日、私は眠ることができなかった。

 寝ようとしても寝られない。


 ……そして、寝れない時間何度も、私は手紙を見直していた。


 本当は、私の見間違いなんじゃないかと思って。

 そんなことないことぐらい、分かっていながら。


「この三年間、私結構頑張っていたと思うんだけどな」


 思わず、そんな言葉が口から出たのは、もう数十回も手紙を見直したあとだった。

 読みすぎて、しわくちゃになった手紙を投げ捨て、私はベッドに倒れ込む。

 久しぶりにした行儀の悪い寝方に、どこか解放感を感じて私の口元に、ほんの微かに笑みが浮かぶ。


 令嬢のマナーを学びだしてから、私は誰も見ていなくてもマナーを守るようにしていた。

 何せ、私は他の令嬢と違って昔から学んでいたわけではないのだ。

 いや、それだけではない。

 クリスが侯爵家の当主として認められるため、私が行った努力はそんなものではない。

 それは苦しくて……それでもどこか楽しい日々だった。


 なのに、今はその日々が色褪せているように感じて、私は首を傾げる。

 だが、すぐにその理由に気づく。


「……あの時はいつか認めてくれると思っていたからね」


 そう、あの時の私はいつか認められると希望を抱いていた。

 だから、必死に踏ん張ることができた。


「全部、全部。無駄だったのにね……」


 強く、強く布団に顔を押し付けながら呟いた声。

 くぐもったその声には、それでも隠しきれない震えが込められていた……。



◇◆◇



 ふと気づけば、窓から僅かに朝日が漏れていて、私は僅かばかり寝ていたことに気づく。

 顔を上げると、顔も布団もぐしゃぐしゃで、私は苦笑する。


「……誰か起こしに来る前に、顔を戻さないと」


 そして準備に入った時間だけ、私は手紙のことを忘れることができた。

 だが、そんな現実逃避も永遠に続けることはできない。

 手を休めれば、すぐに手紙のことを思い出してしまう。


 できることなら、私もこんな手紙など無視してなかったことにしたかった。

 けれど、二日後に愛人宅に行かねばならない今、そんな時間はありはしなかった。

 屋敷にいる使用人達への連絡に、準備。

 今日一日をその準備に使ったとしてもぎりぎりだろう。


 ……そんなに、クリスは私のことを追い出したかったのだろうか?


 そんな嫌な考えが浮かび、私はすぐに頭から振り払う。

 とにかく今は準備をしよう。

 準備をしていれば、少しぐらいは気を紛らわすことができるだろうから。


 扉がノックされたのは、そんな時だった。


「奥様、朝です」


「起きているわ。入って良いわよ」


「失礼します」


 入室を許可すると、私の専属使用人にあたるメイリが中に入ってくる。


「おはようございます。今日も早いですね!」


 にこにこといつも通りの笑顔を浮かべるメイリ。

 私と同い年で二十歳を超えていると思えないほど、メイリは底抜けに明るい。

 ……そんな彼女とも、明日でお別れなのだ。


「今日のご予定ですが……」


「メイリ、全てキャンセルしてくれる?」


「……え?」


 混乱するメイリへと、私はある程度綺麗に治した手紙を渡した。


「契約が終わるそうよ。明日で、私は侯爵夫人じゃなくなるわ」

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