第16話 慈悲の断罪
私の胸が高速で高鳴り出したのはその瞬間だった。
必死に表面上は取り繕いながら、私は思う。
……今日だけは、マイルズに感謝しても良いかもしれないと。
もちろんわかってはいるのだ。
アイフォードの顔がわずかに赤いのはなれないことを言ったからなだけ。
気持ちなど、かけらもこもっていないことを。
これは、マイルズの前でのポーズでしかないのだ、と。
しかしそうだとしても、その言葉がアイフォードの口から聞けただけで私にとっては天国だった。
何せこんな言葉、今の私とアイフォードの関係であれば聞くことなど叶わないのだ。
だからこそ、私は思う。
せめてもの救いとして、てっとり早くマイルズは処理してやろう、と。
そんな私の内心に気づいたように、マイルズが口を開く。
「そ、その勘当の件については当主様も」
「今更そんなことどうだっていいに決まっているでしょう?」
「っ!」
私の言葉に、想定外だと行いたげに呆然とするマイルズに、内心呆れながら私は告げる。
「そんなに勘当の件について話たいなら、一度帰って。私の怒りが覚めるまで待って」
「そ、それでは……」
「あら、まだ貴方に意見できるだけの立場があるなんて思ってるの?」
そう言いながら、一瞥するとマイルズが無言で目をそらす。
その様子にそろそろだと判断した私は、アイフォードに目をやって、片目をつむった。
それを確認し、アイフォードが口を開く。
「申し訳ないですが、妻がここまで感情的になってしまった以上、話合いは不可能でしょう」
「そんな!」
「それは貴方もわかるでしょう?」
そう問いかけれ、マイルズは無言で俯く。
それを確認し、さらにアイフォードは続ける。
「今後はこちらから連絡するまでこないでもらいたい」
「……っ!」
その言葉に、マイルズは縋るような目をして顔を上げる。
しかし、誰もその目に反応する人間はいない。
そんな現状に、あきらめたようにマイルズが肩を落とした。
その様子を見て、内心私は何とかなったと安堵の息をついた。
ここまでくれば、もうマイルズが余計なことをすることはできないだろう。
もちろん、今後私の方から手紙を送るつもりなどありはしない。
それで押し掛けてきても、もう口実はあるのだから門前払いで大丈夫だ。
騒いでも、私が出て行けば簡単に引き下がるだろう。
ようやくこれで、一段落……。
「どこにいるの? アイフォード様!」
……扉の外、どたばたという足音と共に、キンキンとしたそんな叫びが聞こえたのはそう思った時だった。
どうしようもなく嫌な予感を覚えた私は、咄嗟にアイフォードが隠れられそうな場所を探す。
しかし、逃げ込む暇もなく扉が開く音がして。
「見つけた! アイフォード様!」
──次の瞬間、客間に姿を現したのは私の義妹、セルタニアだった。




