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第百話 咄嗟の言葉 (アイフォード視点)

 走り出した俺は一直線にある場所に向かって走り出していた。

 それはクリスと話した客室。

 信じたくはない。

 だが、全てを探して見つからないと言うならば、唯一近寄るなと告げていた客室近く以外あり得なかった。


「……くそ」


 そして、その俺の想像は的中することになった。

 少し離れた場所、呆然と佇むマーシェルの姿。

 それを目にした俺の口から、無意識のうちに小さな罵声が漏れる。

 この事態は想像していた。

 そして手を打ったはずなのに、そんな思いが胸によぎる。

 いったいどうすればこの事態は避けられたのか、そんな考えが俺の頭に浮かび、しかしすぐに消える。


 ……今更どんな手段を考えようが、手遅れでしかないのだから。


 とにかく今は、これからどうするか。

 とにかく、幸運にもクリスの存在にマーシェルが気づいていないことを祈りながら、俺は近づいていく。


 そして、その道中で自身の希望がはかなく散ったことを理解した。


 呆然と佇むマーシェル。

 その姿はなぜか埃だらけで……それ以上にその目は赤く充血していた。

 明らかに泣いていたとしか思えないその表情に、俺は唇を噛みしめる。


 ──明らかに、マーシェルはクリスの来訪に気づいていると。


 そうでなければ、目の前のマーシェルの様子は説明が付かなかった。

 ここまで感情を露わに泣く理由、それは心を寄せている人間が影響していなければおかしい。

 そして、今の状況ではその人物はクリスしか考えられなかった。


 ……そこまで考え、俺の胸が一瞬痛む。


 あまりにも女々しい自分の反応に、俺は思わず笑いそうになる。

 なぜ、こんな叶うなどあり得ない感情にまだ引っ張られているのだと。

 いずれ自分のそばからマーシェルは離れていくのに、それさえ受け入れられないのかと。

 そこまで考え、俺はその思考を頭から振り払った。

 どちらにせよ、クリスだけにはマーシェルを預けることはできない。

 とにかく今は、何とかしてマーシェルを止めるのは変わらないと。


 マーシェルに近づいていた俺の足が止まったのは、その時だった。


 ここまできて、俺にはどうすればマーシェルを止められるのか分からなかった。

 一時的であれば、マーシェルを罪の意識で縛ることはできるかもしれない。

 それでも、クリスから引き離すのにそれが最適であるとは、俺には思えなかった。

 そのままでは、いずれマーシェルはクリスの元に戻ろうとするに違いない。


 ……こんな涙を流すほどに、クリスのことを思っているのだから。


 それを防ぐには、もっと大きな縛りが必要で。


「……アイフォード?」


「っ!」


 マーシェルがちょうど俺の方へと向き直ったのは、その思考の最中だった。

 涙に濡れたマーシェルの目、それがなぜか艶っぽく見えて、さらに俺の思考はさらに乱れる。

 そんな中、何とか俺はいつものように皮肉げな笑みを浮かべる。


「こんなところにいたか。探したぞ」


「……何か、私に?」


「ああ。大事な話がな」


 そういいながら、俺の思考はまだ纏まっていなかった。

 ただ、胸のうちで気持ちだけが暴走するように叫んでいた。


 ここで、マーシェルを渡すことだけは許してなるものかと。

 あんな契約結婚でマーシェルを酷使したやつに、もう一度渡してなるものか。

 それなら、いっそ。


 そんな思いが俺の胸の中で膨れ上がり。


「──マーシェル、俺と契約結婚を結べ」


 俺の口からそんな言葉が出たのは、次の瞬間のことだった。

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