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Branc~白~  作者: 香
2/6

愛しさとは

 ホワイを城に置いてから一ヶ月が過ぎた。私室の隣の部屋は彼の部屋なので、夜に遊びに行くことが多い。

 「また、勉強か。」

 「陛下・・」

 ホワイは勉強熱心だ。魔界の事や、仕事についても真面目に覚えようと努力している。

 私はホワイのベッドに腰を掛け、机に向う彼を眺める。

 最初、この部屋に来た時。泣き声が聞こえて慌てて入って来た事を思いだす。

 夜になると、ホワイは急な環境の変化と、魔界の城での生活に怖くなって大泣きしていた。なので、私は彼をあやしてやるべく部屋に入ったのだった。

 「最近は泣かないな。」

 そうホワイに言うと、恥ずかしそうに顔を染める。

 「陛下が来てくれますから、夜も怖く無いです。」

 可愛い少年の言葉に、珍しく顔の筋肉が緩む。

 「そうか。」

 私は彼を護ると約束をした。怖い思いはさせない、何故そう思うのかは分からない。でも、強くそう思うのだ。

 「アヌビスはどうだ。」

 「アヌビス様は・・沢山教えてくれます。」

 素直なホワイの顔には“怖い”と書かれている。

 「フン、彼奴は怖いだろうが。真面目な奴だ、無理な事は言うまいよ。」

 「はい、とても勉強になります。」

 そう言ってホワイはニッコリと笑う。

 「女の私の方がよく話すな。」

 そう、夜の帳が降りれば。私の体は女になる、それも角無しの弱小な魔物になってしまう。

 「そうでしょうか・・」

 「昼間は怯えているように見えるが。」

 「・・・。」

 ホワイはペンを置いて、教科書を閉じた。そして、ベッドに近づき私の前に来た。

 「怒りませんか?」

 「私の心は狭くは無いつもりだが。」

 ホワイは言い淀み。寝間着の裾をギュッと掴み真っ直ぐに言う。

 「昼間は少し怖いです。体がチリチリとして・・。陛下がお優しいのは分かっています。でも、怖くて。」 

 私はホワイの頬を撫でてやる。

 「素直な意見だ。昼間は魔力量が多い、人間は本能的に恐れるのだろう。」

 「そうだったのですか。」

 私はホワイの腕を引き寄せて胸の中に閉じ込める。細い体は少し肉が付いてきたが。まだまだ細い。白い肌はいつも、丁寧にメイドに洗われているらしく。とても滑らかだ。

 「陛下は、僕を抱かないのですか?」

 突然の言葉に驚いて抱き締める腕を解く。

 「何故、そう思った。」

 「アヌビス様が。慰め者にする為に側に置いていると、言っていました。それに、他の魔族の人も・・。」

 私は少年趣味では無い。性的対象で彼を側に置いて居るわけでは無いのだが、回りはそうは見なかったらしい。

 (私はブランが美しく、好きだから側に置いている。それに、何故だか触れていると落ち着く。)

 だが、この気持を他の奴に理解させようとしても難しいだろう。

 「好きに言わせておきなさい。私はそんな事をするために側に置いていない。」

 「では、何の為ですか?」

 子供の真っ直ぐな言葉に、私は言葉を必死に探す。しかし、上手い言葉は見つからない。

 「私は白い色が好きだ。黒は魔族にとって、魔力を上げ、力の象徴の色だが。私は白が好きなのだ。昔、本で読んだ白い“雪”というものに憧れている。ホワイはそれに似ていると思った。」

 自分の中の少年を拾った理由はそうだった。白い雪に見えた。憧れて、見てみたい雪が目の前に落ちてきた。そう思えたのだ。

 「僕が白いから。此処に置いてくれるのですか。」

 魔界に白は存在しない。だから、私はホワイに触れると特別な気持になる。

 「・・そうだな。」

 ホワイは少し考えた後。凄く嬉しそうに笑った。

 「嬉しいです。僕は陛下が大好きです。」

 “大好き”と言う言葉に、私は固まった。

 (初めて言われた・・)

 誰も私を望まない。望まれて産まれた訳では無かった。そんな、私には一度も言われた事の無い台詞だった。

 「もう寝よう。」

 私はホワイのベッドに潜り込み。彼も一緒の横になった。

 「お休み、ブラン。」

 「お休みなさい、陛下。」

 小さなホワイを抱き抱え、私は眠りにつく。子供の温もりが心地良い、ホワイも一緒に眠れば安心して寝息をたてる。

 (うむ、はたから見たら、慰め者にしようと見えるのか。困ったものだ。)

 しかし、それでホワイに危害が無く。居場所ができれば、噓でも良いと思った。

 

 人間と魔族の溝は深い。

 百年の戦いの所為で、互いに大きな憎しみと、悲しみを産んでしまった。魔族は人間を蔑み、人間は魔族を恐れる。

 (元は確か。人間が魔族を迫害した事から始まったのだったか。)

 執務室で書類を読みながら、魔族と人間の友好関係が築き難いと上がってきた。

 「アヌビス。人間との交易の街に視察に行くぞ。」

 黒い長いマントを翻し、私は立ち上がった。

 「今からですか?」

 アヌビスは急な話に、今日の予定を組み直し始めた。

 「夕方からの、東北地方の貴族の会食をキャンセルして・・」

 アヌビスは組み替えながら、隣でホワイは教科書を開いていた。

 「ホワイも来なさい。」

 「僕ですか?」

 「人間との交易がある場所だ。人間の意見も聞きたい。」

 私はマントを脱ぎ、下に来ていた軍服姿になる。アヌビスは何とか組み替えに成功しようで、代わりに、明日はみっちりと予定を入れられた。

 「陛下はもう少し、予定を立てて下さい。」

 「分かっているが。ボーン街は急ぎの視察が必要だ。」

 「分かっております。私も、考えていたところです。」

 私はホワイを抱き上げると、ベランダに出て翼を開いた。

 「飛ぶぞ。」

 「はい。」

 ホワイは首に抱きつき、私はそれを嬉しく思った。

 (大分、懐かれたな。)

 私は大空を飛ぶ。後ろをアヌビスが飛び、ホワイは空を見上げている。

 「空は何処まで行ったら辿り付けますか?」

 その質問に後ろからアヌビスが答えた。

 「辿り着かん。混沌カオスがあるだけだ。」

 「辿り着かないのか・・。」

 残念そうな顔で空を眺めるホワイに、子供は無知だと思いながら。可愛らしいとも思った。

 

 街についた。魔族と人が入り乱れ、活気が溢れている。

 私とアヌビスは変身魔法で人間に化け。私はホワイと手を繋ぐ。

 「はぐれるなよ。」

 「はい!」

 大きな街は沢山の物が売られ、人間も、魔族も多い。

 (活気は相変わらずだな。)

 しかし、よく見れば。子供の人間を働かせ、見ただけでろくな食事も取らせて無い事が明白だ。他にもその逆や、裏路地には魔族の人身売買所まである。

 「アヌビス。領主に会いに行くぞ。」

 「はい。」

 ホワイは人身売買所の景色で気分が悪くなったようで、顔が青い。

 「平気か?」

 訊ねても頷くだけなので。私はホワイを抱き上げた。

 「無理はするな。」

 「・・ごめんなさい。」

 「陛下、私が持ちます。」

 アヌビスの言葉にホワイを預け、早足で領主の元に向かう。

 此処の領主は、前王の頃より変わっていない。そして、私の派閥の魔族では無い。

 大きな屋敷の前で私は変身を解き、ノックをした。すると、執事が現れ顔色を変える。

 「へ、陛下!何故、此方に・・」

 「視察だ。領主と話がしたい。」

 執事は慌てて私とアヌビスを中に入れ、領主を出す。領主は左の角が折れた、中級の魔族だった。でっぷりと太った体に、宝石を身につけている。

 「陛下。お見えになるときは、一報下さいまし。晩餐の用意もできません。」

 「晩餐など結構だ。話がある、部屋に案内しろ。」

 そう言うとすぐに応接間に案内された。私はソファに座り、アヌビスは後ろに立つ。

 「陛下お訊ねしても?」

 「何だ。」

 「其方の人間は?」

 「此奴は召使いの一人だ。気にするな。」

 「は、はぁ。」

 領主はアヌビスの隣に立つ、美しい少年を眺め。すぐに私に目を戻す。

 「そして、お話とは。」

 「貴様の領土権を剥奪、そして貴族の称号も返上して貰おう。」

 その言葉に領主は、顔を真っ赤にして震えだした。

 「な、何を言って!」

 「人身売買は法律違反だ。人界も、魔界も。そして、やたらと安い物が売られている。その件に関しても、他国との裏取引だろう?証拠は今朝提出されている。」

 私は足を組み、黒い手袋をはめた手でソファの肘掛けをなぞる。

 「此処は大事な人間との交友を測る場所。昔のままでは困る。」

 「私は百年戦争で、この土地を護ったのですぞ!」

 領主はいきり立ち、怒鳴った。

 「だから何だ?戦争は終った。新しい時代を築くべきだ。」

 「若造が!貴様など人間との混血のくせに!私は純魔族だ!貴様などただの親殺しよ!」

 領主の言葉に怒りも感じず、言われ慣れた言葉に飽きさえ覚る。

 「・・下らん。戦争をして何が楽しい。私は父上のような馬鹿でも、戦闘狂でもない。純血、だったら私を殺してみせろ。」

 私の瞳は紫に変わり、押さえていた魔力を出す。部屋の中は風も無いのに家具が揺れ、黒い炎の形をした魔力が部屋を火の海にする。

 「あっつ!」

 領主はただの魔力の幻影に悲鳴を上げ。アヌビスは守護結界で己とホワイを護る。

 「熱い?ただの幻影だぞ。私は魔力を幻影にして見やすくしただけだ。」

 そう言ってニヤリと笑うと、炎は燃え上がり。部屋の中が全て炎の中になった。

 「ひゃゃゃゃ!」

 領主は叫び悶え苦しむ。

 「私を罵倒した事を後悔するといい。」

 私はそう言って部屋から出る。しかし、炎はまだ燃え続け領主を包んでいる。

 「陛下。あの程度で宜しいのですか。」

 「構わん。彼奴は確かに戦争時、活躍した者だ。その功績に免じて首は貰うまい。」

 私を馬鹿にする者は許さない。それは、肉親でもあっても変わらない。兄妹の首を取り、父親も殺した私は。初代魔王の再臨と恐れられ。“鮮血の魔王”と呼ばれている。

 瞳が何時ものように黒に戻った頃。屋敷から近い公園で私は一息吐く。アヌビスとホワイは、私の為に飲み物を買いに行った。

 「疲れたなぁ。」

 魔力の問題では無い、精神的に疲れてしまった。

 今は人間に変身しているので、街に溶け込み。子供が遊ぶ姿を眺める。

 (ホワイと同じぐらいか・・)

 魔族の子供だった。角が短いので、低級の子供だろう。

 「陛下。」

 聞き慣れた言葉に横を向くと、ホワイが心配そうに此方を見て。手には紙コップが握られている。

 「滋養に良い、グランドジュースです。」

 アヌビスが他に二つコップを手に持っている。

 「ありがとう。」

 私はホワイから受け取り飲むと、甘い香りと爽やかな風味がした。

 「美味いな。」

 「下町の味です。」

 アヌビスは下町の生まれだ。故郷は此処、ボーンだ。

 「ホワイ、アヌビスにボーンを見せて貰いなさい。アヌビス、お前も少し実家に戻れ。補佐官になってから、戻って無いだろう。」

 私は貰った飲み物を飲干し、立ち上がった。

 「畏まりました。」

 普段なら共も付けずに、と怒るアヌビスが、簡単に承諾し。ホワイを連れていく。

 (気が利く奴だ。)

 私はこの地に潜伏をさせている、密偵に会いに行く。

 色町。欲望を渦巻く娼館の一つに私は入った。

 「あら、一見さん?」

 「私は客では無い。娼館の婦人を呼んでくれ、“ノワール”が来たと伝えろ。」

 私は近くの椅子に腰を下ろした。娼館の中には昼間だと言うのに、人間も魔族も出入りしている。

 (好かない。)

 こういう場所は嫌いだ。男と女、どっちつかずの自分は特に嫌悪を抱く。

 「ブラット。」

 名前を呼ばれ、顔を上げるとインキュバスがいた。

 「久し振りだな。コールス。」

 「部屋へ行きましょう。そんな怖い顔が店の前にいたら、客が来ないわ。」

 「失礼な奴だ。」

 そんな軽口をきくこの女は、諜報員コールスだ。今はボーンの情報を事細かに報告する、優秀な人だ。

 娼館のある部屋に通される。高級な家具に、大きなベッドが部屋の真ん中にある。

 私はソファに座り、ノワールは紅茶を出す。

 「陛下。今日はどのような御用事で?」

 「貴様の知らせ道理に、領主に権利の剥奪をした。そして、人身売買の根絶はやはり難しいようだな。」

 「えぇ。あれは根深いわ。」

 妖艶なコールスは男を惑わせる、インキュバスだ。そして、欲望を司る者は情報も多く持つ。

 「他に情報はあるか。」

 「他の街で、反人間運動が活発になっているらしいわ。」

 「何時もの事だ。兵に任せるとしよう。」

 紅茶を一口飲み、そしてミルクを入れる。白いミルクが茶色に溶けて、キャラメル色に変わる。

 「人間の子供を拾ったそうね。」

 「あぁ。」

 「御執心だとか。」

 「・・・。」

 「慰め者にするなら、私が手管を教えましょうか?」

 「結構だ。」

 「あら、本気のようね。」

 「本気?」

 よく分からない言葉に彼女を睨む。彼女は可笑しそうに笑みを浮かべた。

 「無自覚なのね。」

 「何が言いたい。」

 「陛下は人を愛した事が無いわ。そして、愛された事も無い。」

 コールスは、昔は父の第十婦人だった。だから、あの頃の事を良く知っている。私の幼い頃の事も。

 「必要無い。」

 「そう?愛は大事よ。」

 「貴様等はそれを餌にしているからな。」

 「そう、生きるのに大事。愛はね。そして、陛下は少年を愛しているわ。」

 「・・馬鹿らしい。」

 最近、胸の中が妙に温かい。冷たく堅くなったものが、解ける。

 (ブラン・・)

 少年を思い出すと、胸が温かい。笑みを浮かべる姿は美しいと思う。

 「それを愛と呼ぶのよ。陛下。」

 「・・・話は終わりだ。」

 私は立ち上がると、コールスも立ち上がり扉を開ける。

 「今度は遊びにいらして。」

 「断る。」

 私はそう言って娼館から出て行った。

 街の中は賑やかで、私はフラフラとする。表通りは普通の商いをやっている。多くの者と物が行交う。

 (愛しているか・・)

 夜の姿は人には見せないようにしているが。ホワイが泣くとそんな事も忘れ、駆けつけていた。ホワイが落ち着くなら、同衾もする。少年が笑みを浮かべるのなら、私は何でもできそうな気がする。

 (不思議だ・・)

 こんな感情は初めてだ。そして、胸が酷く熱くなる。焼けるように、絞るような痛みにも似た感覚がする。

 『ブラン・・永遠に君と共にいたい』

 それは、耳では無い頭に響いた。

 「何だ・・今の。」

 知らない声が響いた。しかし、その声は良く知っている気がする。だが、何も思い出せ無い。

 「魂の記憶・・・」

 昔、読んだ書物にあった。魂には記憶が必ずあると、しかし生きる上で埋もれていく。魂には過去がある、そして望みがある。人は知らずにその望みを叶えていくと、書かれていた。

 「・・・」

 私は街中で立ち止まり、年中曇った空を見上げた。

 「お伽噺と思っていたが・・」

 私は信じていなかった。お伽噺の盲信だと思っていた。

 急に腰に何かが抱きついた。私は驚いて見下ろすと、ホワイが抱きついていた。

 「陛下、見て下さい!」

 嬉しそうに笑い、手には木の人形が握られている。

 (あぁ、この笑みは“愛おしい”というものかも知れん。)

 私は彼を抱き上げ、手に持った人形を見る。自分で作ったのだろうか、歪だ。巻き角や黒い短髪、顔が誰かに似ている。

 「ホワイ!抱きつくな!」

 アヌビスが後ろから走ってくる。

 「アヌビス、実家はどうだった。」 

 「はい、相変わらず息災でした。」

 「なら、良い。」

 ホワイはアヌビスの言葉に降りようとするが、私は降ろさない。

 「それで、何用だ?」

 「え、はい!魔除けの人形を作りました!」

 「魔除けの人形だったのか。」

 私は人形を見て優しい瞳で見る。

 「陛下にあげようと思いまして。」

 「私に?」

 「陛下は強いのでいらないと言ったのですが。聞かずに作ってしまい。」

 アヌビスが駄作を作るとは、と呟く。

 「下手だからいりませんか?」

 ホワイは人形を握り締め、萎れた花のように悲しげだ。

 (この顔には勝てない・・)

 普段なら。泣こうが、叫ぼうが、何とも思わないが。どうも、ホワイの悲しむ顔には弱い。

 「作ったのなら貰おう。・・しかし、今度はもう少し上手く作りなさい。」

 「はい!」

 一瞬で花が開く笑みに変わる。

 (全く、困ったものだ)

 氷が溶けていく。苦しいような、心地良いような。不思議な感覚がする。

 (全てが解けたら。何かが変わるのかも知れないな。)

 鮮血の魔王は、初めて愛おしさを感じた。


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