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鹿騎士と狼商人の収穫祭

ハッピーハロウィン!

 その日は王都の東側へ商談に行っていた。今はその帰りだ。西寄りに建つ社に戻るためには自然と、王都の中心街を通ることになる……。


(──ん、今日は何だかやたら騒がしいな……)


 そう考えてから、合点が行った。


(ああ、そうか。今日は収穫祭だ)


 走る馬車の窓からその景色を眺めていると、仮装した子供たちやカボチャのランタンなんかが目に入り、思わず目を細める……。


(もう、そんな時期か)


 こうして風景から季節を感じ取ったりする情緒はもう久しく忘れていたが、恋人がそのやたらに豊かな感受性で自分を夢中にさせてくるので───自然と自身もそちらに目を向けるようになっていた。



「!」



 と。──少し行った道の端。背の低い人集りが出来ているのが目に入る。そして、その中心には………。


 思わずくすり、と笑む。


(…あんなところに可愛い子がいる)


 かがみ込んで子供たちと何やら会話をしているようだ……快活に笑っているんだろう、短い髪の毛がふわふわと揺れた。

 好みのど真ん中──声を掛けねば逆に失礼というレベルだ。


「──フィリップ」

「ええ、ヴォルフさん」


 「商会長のことは何でも心得ている」、と言わんばかりの優秀な御者。彼はすでに馬車のスピードを落としていた。





「……よお、鹿騎士さん。偶然だな?」


 背後で止まった馬車から響くその声かけに、目当ての人が振り返る。


「──ヴォルフ!今帰りか?」


 「嬉しい!職務中にも君に会えるなんて!」という気持ちがビシバシ伝わってくる笑顔で名を呼ばれ、思わずヴォルフはその頬を緩めた。


「ああそうだ──、……ん。ジャックも一緒か」

「こんばんは、ヴォルフさん」


 アリアナの隣に屈んでいた青年に気が付いて、ヴォルフが声を掛けると、彼は感じよく挨拶をしてくれた。ヴォルフもそれに片手を上げて応える。


「…ん?おい、お前それ……。怪我した…んじゃないよな?」


 ヴォルフは途端に眉をしかめた。立ち上がって見えたジャックの手には、テーピングがぐるぐる巻きにされていたからだ。よく見ると、首の辺りにも包帯を何重かに巻いていた。


 ヴォルフが心配そうにそれを咎めるので、ジャックは苦笑する。


「!ああ、すみません。驚かせましたか?


───ただの仮装ですよ、『ミイラ男』の」


 「まあ仮装と言っても、騎士服から見えている部分に、テープ巻いただけなんですけど。…それも、日頃のテーピングで半端に余っていた奴を」、と。それを聞いて、ひとまずほっとしたヴォルフが頭に疑問符を浮かべた。


「?…騎士がまた、どうしてそんな格好を?」


 その問い掛けに、ジャックが困り顔で肩を竦める。


「はは…それが、理由は特に無くて。


──『各部隊の若手が仮装して、毎年収穫祭の見回りを担当する』。

そういう騎士団の習わしがあるんで、従ってるだけです」


「へえ…。大変なんだな、騎士サマは。そんなこともしなくちゃならないなんて」


「ええ…。まあでも、楽しんでる奴も結構いますよ。仮装も毎年変えてみたり……。


──ああ、でも。アルは毎回一緒だよな」


「そう!『吸血鬼』!」


 子供たちにお菓子を配り終えたアリアナも、その場に立ち上がった。


「格好いいだろ?このマント!」


 とアリアナが腕を広げる。肩で留めるタイプで、肘ほどまでを覆っていた黒い布が、背中へと滑った。


「………。」


(……『格好いい』?『超絶可愛い』の間違いじゃないのか。それにどちらかというと、『マント』と言うよりショートケープと言ったほうが良さそうなもんだが)


 そんなヴォルフの考えなど露知らず、アリアナは見せびらかすようにくるりん、と回って見せた。


「こんな時でもないと、騎士服にマントは着けられないんだよ。

──知ってるか?マントの着用を許されるのは、祖父上みたいな立派な騎士だけなんだっ!」


 にこっ、と笑って言う彼女に、納得して微笑む。


(……なるほど。リアにとってはこれが、憧れの象徴ってわけか)


「ふうん?…なかなか似合ってるぞ」

「へへ…ありがとう…」


 その言葉に、アリアナははにかんだ。


「お前が『今日遅くなる』って言ってたのは、これのためだったんだな」

「そうだよ。遅くまで出歩いてる子がいたら、お菓子を渡してお家に早く帰るよう声を掛けて回るんだ。

それでも帰りたがらない子にはこう言って脅かすのさ。


『早く帰らないと本物の怖ーい怪物が出るぞ!』


──ってね!」


 「ガオーっ」とアリアナが両の手のひらをヴォルフに見せて、顔辺りまで上げたかと思うと、爪をこちらに向けるようにしてくっ、と曲げた。


 …………………ヴォルフはひょい、と片眉を上げる。



(──あぁ??…まさかそれが、お前の思う『怖ーい』ポーズか???───身の程を知らない馬鹿が寄ってくるだろ)



「ジャック」

「………はい。」

「ちゃんと周り見とけよ」

「ええ、もちろんです」



 全てを了解しているジャックがこくん、と頷いたのを確認し、ヴォルフは勤務中の彼らの邪魔にならないよう手短に別れの挨拶をして、再度馬車を走らせたのだった。




◇◇◇




「ふー……ただいま────って、うわっ!?


……ヴォルフ??」


「よぉ……。おかえり、リア?」


 アリアナが広い庭を歩いて、玄関扉の鍵を開ける──その間に、恋人が帰宅を察知して自分を待っていてくれたらしい。

 扉を開けた途端、目に入った愛しい人──。アリアナは胸の内が明るくなった。


「わざわざお出迎え?ありがとう…、疲れが吹き飛ぶなぁ…」


 そう言ってアリアナが嬉しそうにふにゃ、と笑うと、ヴォルフもつられて笑う。


「よい、しょっ…と!」

「………………」


 ヴォルフが掃除婦さえもあまり入れたがらないので、この家は普段から汚れないよう土足厳禁だ。アリアナは靴を脱ごうとして屈み込む。


 その間も、玄関に灯された照明に写し出されている影は、アリアナの上から立ち退くことがなかった。


 両の足から靴を脱ぎ──スリッパに履き替えようとした途端。



 ───クイ、と長い指先で顎を掴まれる。




「?──ル、ゥ」



「『お菓子かイタズラか?』」




 ────突然告げられた口上に、アリアナはぽかん、とした。思わず、ヴォルフの顔を見つめてしまう。


 そうしてから、ようやく気が付く。

 ……瞳は緩やかに細められているけど、その目の色は物騒で、しかもギラギラと輝きながら()()()を見据えていることに。


(───ヴォルフは本気だ)


 ………はあ、とアリアナは息をついた。しゃん、と姿勢を正してからヴォルフを見る。スリッパだって履いた。


「…君な。…そう言うことは、ちょっとぐらい仮装してから言ったらどうなんだ?」


 その意見に、ヴォルフは肩を竦める。


「ちゃんとしてるさ」

「………ええ?」


(どこがだろう………私の目が節穴でなければ、いつも通りの『ヴォルフ・マーナガラム』に見えるけれど……)


「……ちなみにどんな?」


「『狼男』」


「全然違うじゃないか!」


 噛みついたアリアナに、ヴォルフはしれっと言葉を返す。


「今日はな?満月じゃないから」

「………………。」


 言われて、アリアナは見回り中に見た空を思い出した。


(………うん。…確かに今日は『半分から少し満ちたかな?』って程の月だった)


「……なるほど?」


 アリアナは肩から力を抜く…、ヴォルフの主張は一応分かったから。


(──今日はそういう日だ……あいにくお菓子は全て配りきってしまったけれど、その言葉を言われたからには、お菓子をきちんと用意してあげなければ)


「……分かったよ。じゃあ、もう遅いけれど君さえ良ければ今からスコーンを、」


 ───「焼いてあげよう」とは言えず、ぐい、と身体を引き寄せられた。彼の胸の中につんのめるような体勢になる。



「───………なら、『イタズラ』だな?」


「!」



 耳元で嬉しそうに囁かれて、アリアナはドキリ、とした。その声がやたらセクシーだったのと、こんな子供のための催し物に乗っかってまで『イタズラ』に及ぼうとする彼が、なんだかとても可愛らしかったのだ。


 アリアナは吹き出して──ポンポン、とその背を叩いた。



「──でもお菓子も欲しいだろ?」


 と言うと、ヴォルフがピクリと震えた。



「──君は、『お菓子もイタズラも』。…そうじゃない?狼商人さん」


「!」



 アリアナがそう言うと、ヴォルフは一瞬目を見開いた。実際のところヴォルフは、「何を言っているんだ、君は!」と窘められるパターンも想定していたのだ。だから──アリアナがこうも容易く『お誘い』に乗ってくれたことに、驚いたのである。


 ──しかも、美味しいお菓子付きときた。


「………うん。さすが俺の恋人は、俺のことよく分かってる」


 ヴォルフは幸せそうに目を細める。


「よし…決まりだな。じゃあ、私はまずお風呂に入るとしよう」


 ちゅ、とアリアナが頬に口付けると、大人しくヴォルフが離れた。


「ん。なら、その間に俺はコーヒーを淹れといてやる」

「ええ?目が冴えちゃうな…」

「今日は寝なくて良いだろ?」


 「どうせ明日は祝日だ」と、そう言って「早く入ってこい」と急かしてくるヴォルフに、アリアナは苦笑いだ。


「いや、何でだ…寝るよ。少しは寝かせてくれ…」

「それはお前次第だろ」


 そう言って、ヴォルフが歯を見せながら、狼男よろしくにんまりと笑った。




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